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書類送検されるとどうなる?書類送検とは何か弁護士が簡単に解説します
ニュースでよく耳にする「書類送検」って何?
芸能人やスポーツ選手が「書類送検された」というニュースを目にしたことがある人も多いのではないでしょうか。
ところが、「書類送検」の意味を正確に理解している人は案外少ないように思います。
「書類送検」とは何かというと、警察が捜査をした事件について、その書類や証拠を検察庁に送致することをいいます。
刑事事件では、まず警察が事件について捜査します。関係者から話を聞いたり、実況見分して証拠を集めたりといったことをするわけですね。
しかし、警察には事件を起訴するかどうか判断する権限がありません。
日本で起訴か不起訴かを判断する権限を持つのは検察だけです。
そこで、事件について捜査を終えた警察は、検察官に起訴か不起訴か判断してもらうために事件の書類や証拠を検察庁に送致しなければなりません(刑事訴訟法246条)。
この警察が検察に事件の書類や証拠を送ることを文字通り「書類送検」というわけです。
関連記事:刑事事件はどのように進んでいくのか?刑事事件の流れについて弁護士がわかりやすく解説します
逮捕されている場合は「書類送検」とは言わない
上述のとおり、「書類送検」とは、書類や証拠を検察庁に送致することを意味します。
もっというと、あくまで書類や証拠のみを送致するニュアンスを含んでいるのであり、被疑者が逮捕されていない在宅事件の場合にのみ使われる言葉です。
これに対して、被疑者が逮捕されている場合、警察は逮捕から48時間以内に証拠や書類と一緒に被疑者の身柄を検察庁に送致しなければならないとされています(刑事訴訟法203条1項)。
このように被疑者が逮捕されている事件(身柄事件)では、被疑者の身柄も一緒に検察庁に送られるため、「書類送検」とはいいません(では、その場合は何というのかというと、特に呼び名があるわけではなく、単に「送致」や「送検」ということが多いです)。
「書類送検=犯罪の疑いがある」ではない!
上述のとおり、書類送検とは、被疑者が逮捕されていない在宅事件について、事件の捜査を終えた警察がその書類や証拠を検察庁に送ることをいいます。
「書類送検された」と聞くと、「その人が実際に犯罪を行った疑いがあると警察が判断したから送検したんだ」というような印象を受ける人も多いかもしれませんが、実際はそうではありません。
というのも、刑事訴訟法では、警察は捜査をした事件については、原則として、全件を検察庁に送致しなければならないとされているからです(刑事訴訟法246条)。
これを全件送致主義といいます(ただし、全件送致主義の例外として、ごく軽微な万引き事件などについては、書類送検せずに警察限りで事件を終結させる処理がなされることがあり、これを微罪処分といいます。微罪処分はあくまで例外であって、すべての事件について検察庁に送致をするのが原則です)。
上述のとおり、警察には事件を起訴するかどうかを判断する権限がありません。
ですので、警察は、犯罪の疑いがあるか否かにかかわらず、すべての事件を検察庁に送致して、検察官の判断に委ねなければならないのです。
したがって、警察は、捜査した結果、犯罪の疑いが全くないと考えるような場合であっても、書類送検しなければならないのであって、裏をかえせば書類送検されたからといって、犯罪の疑いがあるということでは決してないということになるのです。
書類送検というのは、あくまで形式的な手続きを意味するに過ぎないのであって、犯罪の疑いがあるか否かとは全く無関係ということですね。
今後は「書類送検された」というニュースを目にしても、その人のことを色眼鏡で見ないことが大切です。
書類送検されても前科はつかない
書類送検されると前科がつくのでしょうか?
すでに説明してきたとおり、書類送検というのは、あくまで警察が事件に関する書類や証拠を検察庁に送致することであって、起訴にするか不起訴にするかを決めるのは送致を受けた検察です。
そして「前科」とは、起訴されて裁判で有罪判決を受けることなので、当然ながら、書類送検されただけで前科がつくということはありません。
保釈が認められるのはどんな場合?―保釈制度について弁護士がわかりやすく解説します
・保釈ってなに?釈放とは違うの?
・保釈が認められるのはどういう場合?
・保釈で身柄を解放してもらうにはどうすればいい?
そもそも「保釈」とは?
保釈は「身柄事件」の「公判段階」においてのみ適用される制度
「保釈」とは、起訴された被告人が勾留によって身体を拘束されている場合に、一定の金銭(保釈保証金)を裁判所に預けることで、身体拘束から解放してもらう制度のことをいいます。
刑事事件は、通常、捜査段階→公判段階という流れで進んでいきます(刑事事件一般の流れについては「刑事事件はどのように進んでいくの?」というコラムで詳細に解説しておりますので、そちらもご参照ください)。
つまり、おおまかにいえば、①警察が事件を捜査をして、検察官が起訴or不起訴の判断をするまでの段階を捜査段階、②検察官が起訴した後、裁判所で行われる裁判手続きのことを公判段階といいます。
そして、捜査段階で犯罪の嫌疑を受けて捜査の対象となっている人のことを「被疑者」、公判段階で事件について審判の対象となっている人のことを「被告人」といいます(捜査段階=被疑者、公判段階=被告人ということです)。
上述のとおり、保釈は「起訴された被告人」について認められる制度なので、起訴後の公判段階においてのみ適用されます。したがって、捜査段階での保釈というのはありません。
また、保釈は身体拘束からの解放を目的とした制度なので、当然ですが、本人の身柄が拘束されている事件(=身柄事件)であることが前提となります(身柄事件に対して、本人の身柄が拘束されていない事件のことを「在宅事件」といいます)。
身柄事件も在宅事件も捜査段階と公判段階がありますが、保釈は身柄事件の公判段階においてのみ適用されうる制度であるということです。
保釈が必要になる場面とは?
以上を前提にもう少し詳しく説明すると、身柄事件においては、捜査段階で最長23日間身柄を拘束されることになります(身柄拘束されている刑事事件の流れについては「ご家族が逮捕された方へ」というコラムでも詳細に解説しておりますので、そちらもご参照ください)。
そして、この最長23日間の間に警察は事件について捜査を進め、最終的に検察官が起訴にするか不起訴にするかを判断します(繰り返しになりますが、この捜査段階での身体拘束について「保釈」を求めることはできません。捜査段階での身体拘束については、別の手続き(勾留準抗告や勾留取消請求等)によって身柄の解放を求めていくことになります)。
捜査終了後、検察官が不起訴にすると判断すれば、そこで事件は終了するのですぐに身柄が釈放されます。当然、この場合は保釈は不要です。
また、起訴の場合でも「略式起訴」といって、軽微な事件について書面審査だけで罰金に処する簡易的な手続きが選ばれた場合も、必ず罰金になるので身柄はすぐに釈放されます。この場合も保釈は不要です。
これに対して、不起訴でも略式起訴でもなく、正式起訴という手続きが選ばれた場合は、正式な刑事裁判手続きを行うことになるので、最終的に判決が出るまでの間、身体拘束(勾留)が続くことになってしまいます。
しかし、判決が出るまでの数か月(下手をすれば数年)もの間、身柄拘束が続くのは被告人にとって極めて負担が大きいといえます。
そこで、一定の金銭(保釈保証金)をいわば人質代わりに裁判所に収めることで、身柄を解放してもらうのが保釈という制度になります。
保釈保証金は、保釈の際に出される条件(保釈条件)を守っていれば、裁判が終わった時点で全額戻ってきます。
他方、逃亡や証拠隠滅を図るなどして保釈条件を破ってしまった場合は、保釈保証金の全部または一部が没収されます。そしてこの場合、保釈も取り消しとなって再び収監されることになってしまいます。
「保釈」と「釈放」はどう違う?
なお、「保釈」とよく混同される用語として「釈放」があります。
「釈放」とは、身体拘束から身柄を解放してもらうこと全般のことを意味しています。
保釈によらなくても、例えば、不起訴処分となって身柄が解放されることも「釈放」といいます。
これに対して、「保釈」は刑事訴訟法88条〜94条によって定められている上記のような制度(お金を納めて身柄を解放してもらう制度)のことをいうのであり、身体拘束からの解放全般を指す「釈放」とは意味が異なります。
保釈の重要性
保釈によって身体拘束からの解放を得ることは極めて重要です。
すでに説明したとおり、保釈はすでに起訴され、裁判を控えている人が身柄を解放してもらう制度です。
ですので、来たる裁判の期日に備えて弁護人と密に打ち合わせなどをしていかなければならない状況にあります。
しかし、身体拘束が続いている状態では、拘置所や留置場の面会室でしか打ち合わせをすることができず、これでは刑事裁判に向けて必ずしも十分な準備ができるとはいえません。
他方、保釈によって身柄拘束から解放された場合、もとの生活を送りながら裁判に対応することが可能となり、時間や場所の制限を受けず、十分に記録を検討しながら、弁護人と密に連絡をとりながら裁判に向けて準備を進めることができるようになります。
このように保釈制度は、刑事裁判に向けて充実した準備を進める前提として非常に重要な意味を持っているといえるでしょう。
保釈はどういう場合に認められる?
全ての事件において保釈が必ず認められるわけではありません。では、保釈はどのような場合に認められるのでしょうか?
保釈が認められるための条件を定めた規定としては、刑事訴訟法89条と90条があります。
89条は、いわゆる「権利保釈」について定めた規定であり、保釈の請求があった場合は、同条1号から6号までに定める事由(除外事由)がある場合を除いて、保釈を認めなければならないという規定です。
つまり、「保釈の請求があった場合は、原則として保釈を認めないといけないけど、1号〜6号までの事情に当てはまる場合は例外ね」ということです。条文は以下のとおりです(条文の内容は後で詳しく説明します)。
第八十九条 保釈の請求があつたときは、次の場合を除いては、これを許さなければならない。
一 被告人が死刑又は無期若しくは短期一年以上の懲役若しくは禁錮に当たる罪を犯したものであるとき。
二 被告人が前に死刑又は無期若しくは長期十年を超える懲役若しくは禁錮に当たる罪につき有罪の宣告を受けたことがあるとき。
三 被告人が常習として長期三年以上の懲役又は禁錮に当たる罪を犯したものであるとき。
四 被告人が罪証を隠滅すると疑うに足りる相当な理由があるとき。
五 被告人が、被害者その他事件の審判に必要な知識を有すると認められる者若しくはその親族の身体若しくは財産に害を加え又はこれらの者を畏い怖させる行為をすると疑うに足りる相当な理由があるとき。
六 被告人の氏名又は住居が分からないとき。
これに対して、90条は、いわゆる「裁量保釈」について定めた規定であり、89条1号から6号に該当する事由があり、権利保釈が認められない場合であっても、裁判所が様々な事情を考慮して裁量によって保釈を認めることができるという規定です。条文は以下のとおりです。
第九十条 裁判所は、保釈された場合に被告人が逃亡し又は罪証を隠滅するおそれの程度のほか、身体の拘束の継続により被告人が受ける健康上、経済上、社会生活上又は防御の準備上の不利益の程度その他の事情を考慮し、適当と認めるときは、職権で保釈を許すことができる。
まとめると、保釈の可否判断は、①保釈請求があれば、原則として、保釈(=権利保釈)を認めないといけない→②ただし、例外的に89条1号〜6号に該当する事由(除外事由)がある場合は、権利保釈を認めない→③除外事由があって権利保釈が認められない場合でも、裁量保釈を認めることはできる、という3段構造になっているということです。
そこで、以下では権利保釈と裁量保釈についてみていきましょう。
権利保釈
上述のとおり、89条1号から6号に定める除外事由がない限り、裁判所は権利保釈を認めなければなりません。
したがって、権利保釈が認められるか否かは、89条1号から6号に定める除外事由に該当するか否かによって全てが決まります。
以下で除外事由について一つずつ見ていきましょう。
89条1号
一 被告人が死刑又は無期若しくは短期一年以上の懲役若しくは禁錮に当たる罪を犯したものであるとき。
これは、起訴された罪の法定刑に死刑もしくは無期刑、又は、短期1年以上の懲役、禁錮刑が含まれている場合のことです。
このような重罪事件については重い刑罰が科される可能性が高く、類型的に逃亡するおそれが高いと考えられるため、権利保釈の除外事由とされています。
例えば、殺人罪は、法定刑の中に死刑または無期刑が含まれているので、これに該当します。
また、強盗罪は、死刑や無期刑は定められていないものの、短期5年以上の有期懲役が法定刑となっているので、これに該当します。
したがって、殺人罪や強盗罪では権利保釈が認められることはありません。
89条2号
二 被告人が前に死刑又は無期若しくは長期十年を超える懲役若しくは禁錮に当たる罪につき有罪の宣告を受けたことがあるとき。
これは保釈決定時を基準として、それ以前に死刑や無期刑、長期10年を超える懲役、禁錮に当たる罪について有罪判決を受けたことがある場合のことを指します。
過去に一定以上の重大犯罪について有罪判決を受けたことがある場合、今回の裁判でも重い刑罰となることが予想されるところ、類型的に逃亡のおそれが高いと考えられるため、権利保釈の除外事由とされています。
「死刑や無期刑、長期10年を超える懲役、禁錮に当たる罪について」とされているので、実際に過去に受けた判決が死刑や無期刑、長期10年以上の懲役、禁錮である必要はありません。
例えば、過去に殺人罪について懲役8年の懲役刑を言い渡されたことがある場合でも、殺人罪は法定刑に死刑や無期刑が含まれた犯罪なので、89条2号に該当することになります。
なお、有罪の宣告を受けていれば足り、判決が確定していることは不要ですし、ここでいう有罪の宣告には、執行猶予が付されていた場合も含みますので注意が必要です。
89条3号
三 被告人が常習として長期三年以上の懲役又は禁錮に当たる罪を犯したものであるとき。
「常習として」とは、同種・同質の犯罪事実を繰り返し行なっていたことが認められる場合のことを指します。
これが権利保釈の除外事由とされているのは、1号、2号と同じ趣旨であり、重い刑が科される可能性が高いので、定型的に逃亡のおそれが高いと考えられるからです。
必ずしも起訴された事実だけに限らず、余罪として繰り返し行なっていたと認められる場合もこれに含まれます。
例えば、1件の窃盗(長期10年)で起訴された場合でも、起訴はされていない余罪として複数回に渡って窃盗を繰り返し行なっていたことが証拠上認められる場合は、89条3号に該当し、権利保釈は認められないことになります。
89条4号
四 被告人が罪証を隠滅すると疑うに足りる相当な理由があるとき。
現在、権利保釈を却下する理由として一番多いのがこの要件です。
罪証を隠滅するおそれがある否かは、犯罪事実の軽重、罪を認めているか否か、証拠の隠滅が客観的に可能か否か、可能であるとすればその証拠はどの程度重要なものであるか、適切な身柄引受人がいるか否か、などの事情によって判断されます。
なお、89条4号にいう「罪証」とは、物証や書証のみならず、人証も含みます。
例えば、証人予定者が被告人と面識のある人物である場合、被告人が容易に接触することができるため、罪証を隠滅するおそれがあると判断される可能性が高まるといえるでしょう。
89条5号
五 被告人が、被害者その他事件の審判に必要な知識を有すると認められる者若しくはその親族の身体若しくは財産に害を加え又はこれらの者を畏い怖させる行為をすると疑うに足りる相当な理由があるとき。
これは被害者や証人等に対する いわゆる「お礼参り」を防止するために設けられた規定です。
これに該当するか否かは、被告人の属性(反社会的勢力に所属していないか否か等)や過去の言動、被害者等との関係性などによって判断されます。
89条6号
六 被告人の氏名又は住居が分からないとき。
氏名や住所が不明な場合は逃亡のおそれが類型的に高いと考えられるため、権利保釈の除外事由とされています。
「氏名又は住所」と定められているとおり、氏名と住所のいずれかが不明であれば、89条6号に当てはまります。
裁量保釈
権利保釈が認められない場合でも、裁判所は職権で裁量保釈を認めることができます。
実際、権利保釈の除外事由に該当する事件でも、裁量保釈で保釈される事案はたくさんあります。
裁量保釈は、逃亡や証拠隠滅の防止という勾留を継続することによるメリットと、健康上、経済上、社会生活条の不利益等勾留を継続することによるデメリットを比較衡量して判断されます。
健康上の不利益に関する事情としては、例えば、被告人が持病を抱えており、長期間の身体拘束が原因で健康が害されるおそれが高い場合などが考えられます。
経済上の不利益に関する事情としては、例えば、身体拘束の長期化により会社を解雇される危険が高いこと、収入が途絶えて家族の生活費が工面できなくなっていること、自営業者における顧客や取引先の消失等の事情が考えられるところです。
社会生活条の不利益に関する事情としては、例えば、学生である被告人が退学処分を受ける可能性があることなどが考えられます。
保釈の手続きはどうすればいい?
保釈を求めるためには、保釈請求書を裁判所に提出しなければなりません。
保釈請求書には、保釈を認めるべき理由を記載するとともにそれを裏付ける資料を添付します。また、保釈が認められた場合に生活の拠点となる場所(制限住居)も記載しなければなりません。
なお、保釈が認められるためには、親族等の適切な身柄引受人がいることが必須ですので、保釈請求書には必ず身柄引受書を添付しなければなりません。
裁判所は保釈請求書の内容や事件記録を検討し、検察官の意見も聴取した上で、保釈を認めるか否かを判断します。
裁判所が保釈を認めると判断した場合は、保釈決定が出されます。
保釈決定には、保釈中に守らなければならない条件(保釈条件)や制限住居、保釈保証金の額が定められます。
保釈決定で定められた保釈保証金を裁判所に納付すれば、晴れて釈放されることになります(通常は、保釈保証金を納付したその日のうちに釈放されます)。
なお、保釈決定で定められた保釈条件を破った場合は、保釈が取り消されて再度収監されるとともに、保釈保証金の全部又は一部が没収されてしまいます。
また、保釈期間中に制限住居が変更になる場合は、裁判所の許可を得なければなりませんので、保釈期間中の引越しや旅行の際には注意が必要です。
保釈保証金の額はどのように決まる?用意できない場合は?
保釈保証金の額は、起訴された犯罪事実の重大性や逃亡、証拠隠滅のおそれの程度、本人の経済力などによって判断されます。
要するに、本人にとって逃亡や証拠隠滅を抑止するのに十分な金額がいくらであるかという判断になりますので、カルロス・ゴーンやホリエモンなどの大富豪の場合は億単位の保釈保証金が設定されることもありますが、そうではない一般市民の場合は数百万円(概ね100万円〜300万円)になることがほとんどです。
なお、保釈保証金は必ずしも本人が用意する必要はなく、親族などに用意してもらうことなども勿論可能です。
保釈保証金を用意できない場合、一定の手数料はかかってしまいますが、日本保釈保証支援協会(https://www.hosyaku.gr.jp/)という機関が保釈保証金を立て替えてくれる制度がありますので、こちらの利用を検討すべきでしょう(なお、立て替えには審査があります)。
まとめ
以上、保釈制度について解説してきましたが、保釈を獲得するためには、保釈の要件や手続き等に関する専門的な知識を前提に、裁判官を説得するための技量と経験が非常に重要になってきます。
名古屋H&Y法律事務所では、豊富な知識と経験に基づき、あなたのご家族が保釈されるために尽力いたします。
ご家族の保釈獲得をご希望の場合は、ぜひお早めにご相談ください。
慰謝料以外の損害は不倫相手に請求できる?―不倫によって発生する様々な損害が請求可能かどうか弁護士が解説します
配偶者が不倫をした場合、不倫相手に対して精神的苦痛についての慰謝料を請求することができます。
ですが、不倫に起因して発生する損害には様々なものがあり、必ずしも精神的苦痛に限られるわけではありません。
ここでは慰謝料以外の損害について、不倫相手に請求することができるのか、過去の裁判例などに基づいて解説していきたいと思います。
不倫慰謝料=精神的苦痛の損害賠償
「配偶者が不倫をした場合、不倫相手に対して慰謝料を請求できる」というのは法律に詳しい人でなくても、広く知られた知識だと思います。
では、その法律的な根拠は何でしょうか?
民法には以下のような規定があります。
第709条(不法行為) 故意又は過失によって他人の権利又は法律上保護される利益を侵害した者は、これによって生じた損害を賠償する責任を負う。
これは「不法行為に基づく損害賠償責任」について定めた規定であり「意図的に(故意)あるいは不注意(過失)によって他人に損害を与えた場合、その損害を賠償しなさい」という内容の規定です。
例えば、交通事故によって怪我をした場合、治療費や休業損害、慰謝料など様々な損害を相手に請求できますが、その根拠となるはこの民法709条です。
不倫慰謝料を請求できるのも、同じくこの民法709条が根拠規定となっているのであり、不倫が不法行為として他人に損害を与える行為であるから、その損害の賠償を相手に請求できるということになるのです。
そして、民法709条における「損害」には、精神的損害とそれ以外の損害があり、特に精神的損害に関する賠償のことを「慰謝料」といいます。
したがって、「不倫慰謝料」とは、不倫によって被った精神的苦痛についての損害賠償ということになります(不倫慰謝料の相場などについては、不倫・不貞慰謝料の相場と証拠というコラムでも詳しく解説しておりますので、そちらもご参照ください)。
ですが、交通事故の場合に治療費や休業損害など精神的損害以外の様々な損害が発生するのと同じように、不倫の場合も、精神的損害以外の種々の損害が発生することがあります。
では、不倫の場合、交通事故と同じように、それら精神的損害以外の損害についても相手に賠償請求ができるのでしょうか?
以下では、この点について各損害ごとに見ていきたいと思います。
慰謝料以外の損害賠償の可否
探偵(興信所)の調査費用
配偶者の不倫が疑われる場合でも決定的な証拠がない場合は、探偵(興信所)に依頼して証拠を集めることも多いでしょう。
では、探偵(興信所)に依頼した場合の費用は「損害」として、相手に賠償請求ができるのでしょうか?
これについては、認める裁判例と一部を認める裁判例、否定する裁判例があります。
【認める裁判例】
・東京地裁平成28年11月30日
Xは、Aの行動からその不貞を疑ったが、Aがこれを否定したため、やむなく興信所に調査を依頼したものであり、その結果、Yがその相手方であることを突き止めることができたのであるから、そのためにXが興信所に支払った費用は、Yの不法行為と相当因果関係のある損害というべきである。
Xは、興信所にその費用として77万7600円を支払ったこと、調査は2日にわたって行われていることが認められ、同額は不相当に高額とまではいえないから、Yは、Xに対して、その全額を賠償すべきである。
【一部を認める裁判例】
・東京地裁平成29年4月27日
Xは、調査費用として304万4609円を要したと主張する。確かに、Xの提出する写真や精算書によれば、Xが本件調査を依頼し、YとAとの関係について写真撮影がされたことは認められるものの、本件調査を依頼した時点では、YとAはまだ再開しておらず、Yとの関係で平成27年1月からの調査が必要であったとはいえず、どのような調査が行われたのかの内容も不明であり、その支払いもXのみにおいて行ったのかは明らかではない。これらの事情からすると、本件不貞行為と相当因果関係のある調査費用を20万円と認めるのが相当である。
【否定する裁判例】
・東京地裁平成28年6月3日
調査費用については、これにより得られる調査報告書その他調査結果はいわば証拠収集の手段でしかなく、行為としての調査も弁護士費用のように法律上資格等による制限がなされているものではなく、代替的な性質のものであることに鑑みれば、Xにとって重要であったとしても、不法行為と相当因果関係のある損害とは認められない。
◉解説
以上のように、調査費用を損害として認める裁判例、認めない裁判例、その中間として一部を認める裁判例があります。
もっとも、実務上は、調査費用が全額認められることは少ないといえるでしょう。
配偶者が不倫を否定しており、他に有力な証拠もないなど、探偵に依頼する必要性が高かったといえる場合であれば、調査費用の一部が認められることもありますが、その場合でも実際に認められるのは実際にかかった費用の1割程度です。
治療費
不倫によって精神的苦痛を被り、それによってうつ病や適応障害等の精神的な疾病を発症した場合、その治療費等を請求することは可能でしょうか?
【認める裁判例】
・東京地裁平成28年2月1日
Xの心療内科への通院が、本件不貞を知ったことによることは明らかであるから、Yは、治療費及び交通費の合計3万6320円をXに対して賠償すべき義務を負うほか、Xが医師から長期の通院を要する旨伝えられていることを踏まえると、少なくとも、将来1年間分の治療費として6万2263円をXに対し支払うべき義務を負うと認められる。
【否定する裁判例】
・東京地裁平成28年11月8日
一方配偶者の不貞行為により他方配偶者が精神的衝撃を受けたとしても、それを原因としてうつ病に罹患するのが通常であるとはいえないから、治療費、通院交通費、休業損害、後遺障害による逸失利益、通院慰謝料及び後遺症慰謝料が、AとYとの不貞行為との間に相当因果関係がある損害とは認められない。
◉解説
治療費等についても肯定例と否定例がありますが、認められることは実務上極めて稀有といえます。
実際にうつ病などの精神疾病を発症したとしても、不貞との因果関係が必ずしも医学的に明らかでないこと、仮に因果関係があったとしても、不貞行為によって通常生じる損害とはいえないことがその理由です。
ただし、精神的な疾病を発症したことは、個別の損害として認められるのは難しくても、慰謝料の増額理由にはなり得るでしょう。
転居費用
自宅が不倫の現場になっていたなどして、転居を余儀なくされた場合、その転居費用を不倫相手に請求できるでしょうか?
これについて肯定した裁判例は見当たりません。
否定した裁判例は以下のとおりです。
【否定する裁判例】
・東京地裁平成28年8月30日
Xは、Y及びAの不貞行為によって引越しをせざるを得なかったとして、引越し費用30万7400円も相当因果関係ある損害として主張している。
しかしながら、Y及びAの不貞行為があったからといって必然的にXが転居しなければならなくなるものとはいえず、Y及びAの不貞行為とXの転居費用との間に相当因果関係があるとはいえない。
◉解説
不貞行為がきっかけで転居することになったとしても、必ずしも不貞行為と因果関係があるとはいえず、転居費用を不倫相手に請求することはできないといえるでしょう。
弁護士費用
不倫相手に慰謝料請求をするにあたり弁護士に依頼をした場合、その弁護士費用は相手に請求できるのでしょうか?
これについて実務の運用はすでに固まっており、訴訟をした場合、弁護士費用以外の損害の1割が不倫と因果関係のある損害として認められるということになります。
ですから、例えば、弁護士費用以外の損害額が200万円として認められた場合、弁護士費用は20万円までがこれと因果関係のある損害として認められ、最終的な認容額は220万円になるということです。
離婚慰謝料
不倫によって離婚をした場合、不倫自体によって発生した慰謝料(不倫自体慰謝料)の他に、離婚したことによって発生した慰謝料(離婚慰謝料)も請求できるのでしょうか?
これについては、最高裁の判例があります。
最高裁の判例は、下級審(地裁や高裁)との裁判例とは格が違い、ある論点について一度最高裁が判例を出した場合、それ以降、実務はその判断に従って運用されることになります。
さて、離婚慰謝料についての判例(最高裁平成31年2月19日)は「夫婦が離婚をするに至るまでの経緯は当該夫婦の諸事情に応じて一様ではないが、協議上の離婚と裁判上の離婚のいずれであっても、離婚による婚姻の解消は、本来、当該夫婦の間で決められるべき事柄である」として、不貞と離婚との因果関係を否定して、離婚慰謝料についての賠償責任を否定しました。
もっとも、最高裁も全ての場合に離婚慰謝料が否定されるとは述べておらず「当該夫婦を離婚させることを意図してその婚姻関係に対する不当な干渉をするなどして当該夫婦の離婚をやむを得なきに至らしめた場合」は、離婚慰謝料を請求できると判示しています。
ただ、このような場合は極めて例外的な場合に限られるであろうと思われます。
このように、現在の実務では、離婚慰謝料を相手に請求することはできないとされています。もっとも、不貞を原因として夫婦が離婚した場合、個別の損害として賠償請求をすることはできないものの、離婚によって精神的苦痛が大きくなったとして不貞自体慰謝料は増額されることになります。
不倫(不貞)の証拠は自分で集められる?探偵を使わずに不倫(不貞)の証拠を集める方法について弁護士が解説します
- 配偶者が不倫をしているかもしれないので証拠を集めたい
- 不倫の証拠は自分で集められる?
- 不倫の証拠を集めるためには探偵に依頼しないといけない?
- 探偵に依頼しないで証拠を集める方法は?
このコラムではそのようなお悩みをお持ちの方にために、不倫の証拠を集める方法についてわかりやすく解説していきたいと思います。
そもそも「不倫(不貞)」とは何か?
不倫(不貞)の証拠を集めるといっても、そもそも何が「不倫(不貞)」にあたるのかがわからなければ、適切に証拠を集めることができません。
実際、「不倫の証拠が取れた」としてご相談いただいたものの、不倫(不貞)の意味をきちんと理解できていなかったために、弁護士が見たら有用な証拠がほとんどなかったという事例はたくさんあります。
そこでまず、目標を見失わないために、「不倫(不貞)とは何か?」ついて解説しておきたいと思います。
なお、ここまで「不倫(不貞)」という記載の仕方をしていますが、「不倫」と「不貞」は同じ意味です。
一般には「不倫」という言葉が使われることが多いでしょうが、法律の世界では民法の条文(770条1項1号)で「不貞な行為」という文言が使われていることから、それに従って「不貞」ないし「不貞行為」と呼ぶのが通常です。
以下では皆様になじみのある「不倫」の方で統一したいと思います。
さて、前置きが長くなってしまいましたが、「不倫」というのはズバリ「配偶者以外の異性との性交渉」のことをさします。
したがって「性交渉」がないと不倫とは呼べません。そして、ここでいう「性交渉」とは「性交または性交類似行為」のことを指します。
「性交」というのは、姦淫行為のことで、もっとくだけた言い方をするといわゆる「本番行為」のことです。
「性交類似行為」は、姦淫行為以外でそれに類似する行為であり具体的には、口淫、手淫などがそれに当たります。
なお、キスについては、一般にそれだけでは不倫にあたらないとされています。
このように、不倫とは肉体関係の存在が前提となるのであり、例えば二人で食事に行くとか、頻繁に電話やLINEをしているというだけでは不倫にはあたりません。
ですので、集めるべき証拠は性交渉があったことを示すものでなければならず、そこがゴールになるということを意識していただく必要があります。言い換えれば、単に親密な交際関係にあることを証明しても、性交渉の存在を証明できない限り不倫の証明にはならないということです(なお、単なる親密交際関係であっても、それ自体が不倫の存在を推認させる一つの事情になり得ます。ただ、それだけで不倫の証明をするというのは難しく、位置付けとしてはあくまで「補完証拠」といったところです)
不倫の証拠は自分で集められる?それとも探偵に依頼すべき?
さて、目標が定まったところで、以下では具体的な証拠収集の方法について解説していきたいと思います。
ここで、最初に考える必要があるのが探偵に依頼するか、自分で集めるかという問題です。
探偵に依頼するメリットは、確実な証拠写真が取れる可能性が高いということです。
探偵は不倫調査を生業としているので、当然、ノウハウを持っていますし、素人ではなかなか用意できない機材も揃えています。
ですので、それらを用いて確実な証拠写真を押さえてくれる可能性は高いといえます。
ですが、探偵に依頼するとかなりの費用(数十万円〜100万円程度)がかかってしまいます。また、探偵に依頼したからといって確実に証拠が取れるわけでもなく、費用をかけたものの空振りに終わったということもよくあります。
そこで、探偵には頼らず、自分で証拠収集に挑戦するという選択肢もあります。
自分で証拠を集めることができれば、探偵に依頼した場合に発生するような高額な費用は当然かかりません。
ですが、探偵のようなノウハウも機材もない中で、探偵が撮影するような確実な証拠写真を撮るのはなかなか難しいところでしょう。
また、自分で証拠収集に挑戦することで、相手に察知されてしまうリスクも高いところです。
ですので、探偵に依頼するか否かは上記のようなメリットとデメリットを考慮して判断していただくことになります。
おすすめとしては、まず最初に安価でかつ低リスクに価値の高い証拠を集める方法にトライしていただき、それがダメな場合は探偵に依頼することを検討するという順番で進めるのが良いのではないかと思います。
探偵に依頼せずとも簡単に有力な証拠が取れるのであれば、高い費用をかけて探偵に依頼する必要は最初からありません。なので、まずはそういった方法を試してみるべきです(具体的には、後述する、LINE等のチェックです)。
ですが、そういった方法を試みても証拠を集めることができない場合は、状況を打開するために探偵に依頼することも検討した方がよいでしょう。
とはいっても、「数十万円の費用かけてまで探偵に依頼する余裕はないよ」という方も多いのではないかと思います。
そこで、以下では、探偵を使わずに証拠を集めるという道を選択した場合、どのような方法があるかをご紹介したいと思います。
なお、不倫の証拠については不倫・不貞慰謝料の相場と証拠でも詳しく解説しておりますので、そちらもご参照ください。
探偵を使わない証拠収集の具体的な方法
LINE、メール、SNSのやり取り
LINEやメール、SNSで性交渉の存在を示唆するようなやり取りは非常に価値の高い証拠になります。
基本的にはそれのみで不貞の立証ができると考えていただいても大丈夫なほどです。
先ほど、まずは安価でかつ低リスクに価値の高い証拠を集める方法にトライすべきだと述べましたが、ここでいう安価でかつ低リスクに価値の高い証拠を集める方法というのは、まさにLINE等のチェックです。
夫婦であればスマホの暗証番号を共有していることも多いので、その場合は隙を見てチェックすることも可能でしょう。あるいは、スマホの画面を開いたまま寝落ちしている隙にチェックして不倫が発覚したというケースも時々あります。
暗証番号がわからない場合は、配偶者がアンロックする際の指の動きを見て推認するという方法もありますが、ご存知のとおり、スマホの暗証番号を複数回間違って入力するとロックがかかってしまうので要注意です。
また、スマホ自体の暗証番号がわからなくても、他のデバイス(PC、タブレット、スマートウォッチ等)と同期しており、そこからLINE等を見ることができたという事例もあるので、心当たりがある場合は試してみてはいかがでしょうか?
証拠となるやり取りを見つけた際は、(LINEの場合)テキストデータとして自分のスマホに転送したり、その画面自体を自分のスマホで撮影するなどして証拠化しておくとよいでしょう。
性交渉の場面や不倫相手とのやり取りを記録した音声、動画
性交渉の場面を記録した音声や動画は極めて有力な証拠になります。
例えば、自宅で不貞行為に及んでいるような場合であれば、自宅の発見されにくい場所に盗聴器などを仕込んでおくとよいでしょう(なお、性交渉の場面を撮影する行為は、盗撮として犯罪に該当してしまうおそれがあるので、控えておいた方が無難です)。
こちらが所有している車の中で行為に及んでいる場合も同様に車の中に盗聴器を仕込んでおくことは容易だと思われます。
なお、その場合はドライブレコーダーなどに映像、音声が残っている可能性もあるので、確認してみることをおすすめします。
ホテルや相手の家で行為に及んでいる場合は、配偶者のカバンや持ち物に小型の盗聴器を仕込んでおく方法が考えられます。最近の盗聴器は極めて小型化しているので発覚のリスクは小さくなっています。
それでもやはり盗聴器を仕込んだことが発覚してトラブルになるリスクは避けられませんので、その点は考慮に入れて検討すべきでしょう。
上記のような方法で音声や動画の記録を収集した結果、性交渉の場面そのものではなくとも、不倫相手との会話の内容を録音することができ、その中で性交渉の存在を前提とするやり取りがされているということもよくありますが、それも極めて有力な証拠となります。
また、ご丁寧に配偶者が不貞相手との性交渉の場面を撮影していることもままあります。
スマホをチェックすることが可能であれば、写真、動画フォルダも確認してみるべきでしょう。
位置情報
配偶者の位置情報も証拠の一つにはなります。
ですが、どうしても誤差がありますし、例えば「配偶者がラブホテルにいた」という位置情報だけだと、配偶者が不倫していたことは推認できても、相手が誰かわからないので、不倫相手に慰謝料請求する際の証拠としてはあまり価値がありません。
証拠収集の方法としては、配偶者のカバンなどにGPSを仕掛けることが考えられますが、発覚のリスクが避けられない上、上述のとおり、あまり証拠としての価値も高くないので、コスパ的にそこまでおすすめはできません。
利用する場面は、「配偶者が本当に不倫をしているか確かめたい」という場合や、後述する写真を押さえるための手段として用いる場合に限定されるでしょう。
なお、配偶者のスマホに位置情報アプリが入っている場合は、その履歴をチェックするという方法もあり得ます。
ラブホテルや相手の自宅の出入りの写真
これは基本的に探偵の領分であり、素人が確実な写真を押さえるというのは至難の業です。
また、トライした結果、相手に察知されて尻尾を出さなくなるというリスクもありえます。
それでもチャレンジしたい場合は、まず配偶者のカバンや自動車にGPSを設置してその動きを把握するところから始めるべきでしょう。
尾行するという方法もありますが、自分でやっても発覚のリスクは高いので、配偶者と面識のない友人などにお願いする必要がありますし、素人が備考をしても失尾してしまう可能性が高いでしょう。
ですので、おすすめはGPSの設置ですが、当然これも発覚のリスクは避けられません。
配偶者の位置情報から特定の場所での不倫が疑われる場合、そこで張り込みをします。
ラブホテルであれば、二人で入っている場面か出てくる場面のいずれかがあれば十分です。
他方、不倫相手の自宅などの場合、滞在していた時間や時間帯も重要なので、「入」と「出」の両方が必要です。ですから、入ってから出てくるまで張り込む必要があります。
さらに、夜間であれば当然周囲は暗いので、普通のカメラだと顔が識別できる写真を撮ることはできません。したがって、きちんと撮影するためには暗視カメラが必要でしょう。
また、当然、ある程度離れた場所から撮影する必要がありますが、その場合は望遠カメラも必要でしょう。
配偶者の自白
配偶者の自白は極めて価値の高い証拠になります。
証拠収集にトライした結果、何となくそれっぽい証拠は集まったものの、決定打まではないという場合、最後の手段として配偶者にこれまで集めた証拠を突きつけて自白を迫ります。
裁判で不倫が確実に立証できる程度の証拠がなくても、それなりに不倫があったことを推認させるような証拠があれば、配偶者が観念して自白してくることも多いです。
その場合、確実にその場面を録音しておくようにしてください。
また、配偶者に自筆の念書を書かせることができればなお良いでしょう。
まとめ
以上、探偵を使わずに証拠を集める方法をご紹介してきましたが、何がどの程度有力な証拠になるのかはなかなか法律に詳しくない人には判断が難しいところかと思います。
証拠収集の方法やそもそもどのような証拠を集めればよいのかお悩みの際は、プロである弁護士にご相談することをおすすめします。
不貞慰謝料の示談書(合意書)はどうやって書けばいい?-示談書の書き方と文例について弁護士がわかりやすく解説します
配偶者が不貞(不倫)をしてしまい、その不貞相手と示談をする場合、口頭の合意だけでは合意された内容が形として残らないので、後々のトラブルを招いてしまうリスクがあります。
そこで、相手と合意をする場合、きちんと合意内容を示談書(合意書)という形で残しておく必要があります。
といっても、法律に詳しくない人が一から示談書を作ろうとしても、何をどのように書いてよいのかわからないのが通常でしょう。
ここでは、そのような方のために示談書の書き方について解説するとともに、サンプルとなる文例(雛形)をお示ししたいと思います。
そもそも示談とは?
「示談」というのは、慰謝料の金額などについて当事者間で取り決めをして、不貞慰謝料に関する争いを終結させることをいいます。
交通事故などでもよく「示談」という言葉を使いますが、不貞の場合も意味合いは同じです。
つまり、不貞をされた配偶者(被害者)と不貞をした相手方(加害者)が慰謝料の金額などについて話し合い、お互いに合意をして争いを終わらせることです。
一言でいえば「話し合いによる解決」ですね。
もちろん、話し合いでは合意が成立せず、解決しないこともあります。その場合は被害者側が訴訟を提起して裁判所に判断してもらうことになります。
なお「示談」と似た言葉に「和解」というものがありますが、どちらも意味は同じです。
示談書を作成するメリットは?
示談をする際は単なる口頭での合意だけではなく、示談書(合意書)を作成しておくべきです。
示談書を作成するメリットは以下のとおりです。
①慰謝料の支払いを求める際の証拠となる
当事者間で合意をして示談書を作成すれば、示談書に記載された期間内に相手方から慰謝料の支払いがなされることがほとんどです。
しかし、まれに相手方が約束を守らず、合意書どおりに慰謝料を支払ってこないこともあります。
特に慰謝料が分割払いになっている場合などは、途中で支払いが途切れるということも一定数あります。
そのような場合、合意書を作成しておけば、それが証拠となり、裁判などで相手に慰謝料を支払うよう請求することができます。
②慰謝料以外の約束も明確になり、相手に守らせることができる
示談をする際には慰謝料以外にも、配偶者との接触禁止やそれを破った場合の違約金などについて合意をすることが多いです。
ところが、それらが口頭だけの合意だと、形に残らないので、相手が約束を反故にするリスクが高くなります。
そこで、示談書という形で約束事を明確にしておくことで、相手がその約束を守ってくれることが期待できますし、万が一相手が約束を反故にした場合は、違約金請求などの際の証拠とすることができます。
③争いが蒸し返されない
示談書には「清算条項」という条項を必ず付けます。
清算条項とは、「これで争いは終了したので、お互いこれ以上の請求はできませんよ」ということを確認する規定です。
清算条項を設けておくことで、同じ紛争が蒸し返されることが防げます。
これはどちらかというと、慰謝料を請求されていた側にとってメリットのある規定といえるでしょう。
示談書に記載すべきこと
それでは、以下で示談書に何を書くべきかについて解説していきます。
適宜、文例をお示ししますので、参考にしていただければと思います。
冒頭部分
●(以下「甲」という。)と●(以下「乙」という。)は、本日、乙が甲の妻である●(以下「丙」という。)と不貞行為に及んだ件(以下「本件」という。)について、甲の乙に対する慰謝料請求事件(以下「本件」という。)について、以下のとおり合意した。
どの合意書でもそうですが、通常、合意書の冒頭にその合意書が何について書かれたものであるのかを簡潔に示す冒頭文を付けます。
謝罪条項
乙は、甲に対し、甲の妻である丙と不貞行為に及んだことを認め、深く謝罪する。
不倫の示談書では、通常、一番最初に不貞行為を行なった事実を認めて謝罪するといった内容の謝罪条項を設けることが多いです。
法的な効力は特にありませんが、不貞をした側が事実を認めて謝意を伝えるということで不貞をされた被害者の心情に配慮するという意味合いのある規定です。
慰謝料(解決金)の金額に関する条項
乙は、甲に対し、本件の慰謝料(解決金)として、金●万円の支払義務があることを認める。
慰謝料の金額は示談書の中核といえるでしょう。
この条項では慰謝料の金額を明示するとともに、相手方においてその支払い義務があることを確認する旨記載します。
慰謝料の支払いに関する条項
乙は、甲に対し、前項の金員を令和●年●月●日限り、甲が指定する次の口座に振り込む方法によって支払う。振込手数料は乙の負担とする。
●銀行●支店 普通 ●名義(口座番号●)
慰謝料が一括支払いの場合は上記のような内容で足りますが、分割払いの場合は少し修正が必要です。以下に一例を示しておきます。
乙は、甲に対し、以下のとおり分割して、甲が指定する次の口座に振り込む方法によって支払う。振込手数料は乙の負担とする。
●銀行●支店 普通 ●名義(口座番号●)
⑴ 令和●年●月限り金●万円
⑵ 令和●年●月から令和●年●月まで、毎月末日限り金●万円ずつ
期限の利益喪失と遅延損害金に関する条項(分割払いの場合)
乙が前項の分割金の支払いを2回以上怠り、その額が●万円に達した場合、当然に期限の利益を喪失し、乙は、甲に対し、第●項の金員から既払額を控除した残金及びこれに対する期限の利益を喪失した日の翌日から支払済まで年●%の遅延損害金を直ちに支払う。
慰謝料が分割払いの場合、分割金の支払いの支払いが万が一滞った場合の規定を設けておくことが多いです(そうすることで不払いを避ける効果も期待できます)。
具体的には「不払いがあった場合は残金を一括で払いなさい」という条項(期限の利益喪失条項)と「遅延損害金も併せて支払なさい」という条項(遅延損害金条項)を盛り込みます。
なお、上記の文例中「第●項の金員」となっている部分は、慰謝料(解決金)の金額に関する条項のことです。
求償権の放棄に関する条項
乙は、前項の給付をしたことを原因として丙に対して求償しない。
不貞は不貞相手と不貞配偶者の二人で行う不法行為ですから、当然、二人とも慰謝料を支払う義務を負います。
ですから、どちらか一方が一人で慰謝料の全額を支払った場合、もう一方に対して自分が支払った分のうちの一定割合(多くの場合は半分)を返してもらうよう請求できます。
これを求償権といいます(求償権については不倫慰謝料の求償権とはというコラムで詳細に解説しておりますので、そちらをご参照ください。)。
この求償権が残ったままだと、後日の争いを招いてしまうおそれもあるので、3者間の権利関係を一括で清算するために、不貞相手が不貞配偶者への求償権を放棄する旨合意することがあります。
その場合は、上記の文例のような規定を設けておきます。
接触禁止と違約金条項
乙は、甲に対し、本示談書締結日以降、面会、電話、メール、LINE、SNSその他方法の如何を問わず、丙との連絡、接触を試みないことを約束する。
前項の規定に違反した場合、乙は、甲に対し、違約金として違反行為1回につき●万円支払う。
不貞の示談書には不貞相手と不貞配偶者が二度と接触しないよう、接触禁止に関する文言を入れることもよくあります。
また、その約束が守られることを担保するために、約束を破った場合の違約金に関する条項を入れることもあります。
口外禁止条項
甲及び乙は、本示談書締結日以降、口頭、書面、電話、インターネットへの投稿その他方法の如何を問わず、本件に関する事実関係を第三者にみだりに公開、伝達しないことを約束する。
不貞に関する事実を口外しないことがお互いの利益にもなるとして、口外禁止条項を盛り込むことも実際は多いです。
清算条項
甲及び乙は、本合意書に定めるもののほか、本件に関し何らの債権債務のないことを相互に確認する。
先程も少し説明したとおり、示談書には争いが終了し、お互いに権利義務がないことを確認するための清算条項を設けます。
清算条項は、紛争の解決を担保するために必ず示談書に盛り込みます。
不動産を相続した場合の登記ってどうすればいいの?―相続登記について弁護士がわかりやすく解説します
そもそも「登記」って何?
不動産の「登記」とは、不動産の状況や権利関係を公に示すために、公的な帳簿である不動産登記簿にそれらの情報を記録し、公開する制度のことです。
よく不動産の「名義」という言葉をお聞きになることがあるかと思いますが、そこでいう「名義」とはこの登記の名義のことを指しています。
不動産登記簿は法務局で調整、管理されており、全国の不動産に関する情報を誰でも見ることが可能です。
登記がなぜ必要か?
なぜ不動産を登記する必要があるかというと、登記をしておかないと不動産に対する権利を第三者に対抗することができないからです。
どういうことかというと、例えばAさんがBさんから甲不動産を購入したとします。しかし、Aさんは甲不動産の所有権取得について登記をしていませんでした。
そうしたところ、Bさんが別のCさんに甲不動産を売ってしまい(二重売買)、Cさんは甲不動産の所有権取得を登記しました。
この場合、Aさんは最初に甲不動産を購入し、Bさんに購入代金を支払っているにもかかわらず、甲不動産の所有権を取得できず、甲不動産はCさんのものとなってしまうのです。
このように不動産に対する権利を保全するためには登記をしなければならず、これをしておかないと、知らぬ間に自分の権利を失ってしまうおそれがあるのです。
そして、これは遺産分割によって不動産を取得した場合も同様です。
後述するように昨今になって相続登記は義務化されていますが、それは別にしても不動産を相続によって取得した場合は必ず登記をするようにしましょう。
相続登記はどうすればいいの?
不動産登記は、登記申請書に必要書類を添付して法務局に提出することで行います。
もっとも、相続登記は、①遺産分割による相続登記、②法定相続分による共同相続登記、③共同相続登記後の遺産分割に基づく登記、④(相続人への)遺贈による登記などのパターンが考えられ、そのいずれであるかよって申請書の記載事項や必要書類などが異なります。
以下でそれぞれのパターンごとに解説していきたいと思います。
①遺産分割による相続登記
・申請人
通常、相続登記は登記権利者(権利を取得した人)と登記義務者(権利を譲渡した人)の共同で申請しなければなりません。
例えば、不動産の売買だと、売主と買主が共同で申請する必要があります。
しかし、遺産分割による相続登記の場合は、不動産を取得した相続人が単独で所有権移転登記を申請することができます(不動産登記法63条2項)。
・日付及び登記原因
登記申請書には登記原因(登記をする理由となった法的な原因)とその日付を記載しなければなりません。
遺産分割によって不動産を取得した場合、相続開始時に遡って不動産を取得するとみなされるため(民法909条)、申請書に記載する登記原因日付は相続開始日になります。
また、登記原因は「相続」です。
・登録免許税
固定資産税評価額の0.4%
・管轄法務局
不動産の所在地を管轄する法務局に申請書を提出しなければなりません。
・添付書類
ⅰ 登記原因証明情報
不動産登記の申請をする際は、登記原因の存在を証明する資料を添付資料として提出しなければなりません。
遺産分割による相続登記の場合は、被相続人との相続関係を示すために、被相続人の出生から死亡までの戸籍謄本等と相続人の現在の戸籍謄本が必要になります。
なお、法務局で承認を受けた法定相続情報一覧図を戸籍一式に代えることも可能です。
以上に加えて、遺産分割協議書と相続人全員の印鑑登録証明書も登記原因証明情報として提出する必要があります。
なお、調停や審判による分割の場合は、調停調書や審判書を提出しなければなりませんが、この場合は、戸籍一式や相続人の印鑑登録証明書は基本的に不要となります。
ⅱ 住所証明書
不動産取得者である相続人の住民票を提出します。
ⅲ 委任状
司法書士等に登記申請を委任した場合は、委任状を添付しなければなりません。
ⅳ その他
その他、不動産の固定資産税評価額がわかる資料と被相続人の本籍地の記載のある住民票の除票を添付するのが登記実務となっています。
前者は登録免許税の計算をするため、後者は被相続人と登記名義人の同一性を確認するために必要であるといわれています。
②法定相続分による共同相続登記
・申請人
被相続人の死亡により相続は開始したものの遺産分割はまだ成立していないという段階において、不動産を含む遺産は相続人たちが法定相続分に応じて共有していることになります。
この共有状態について登記するのが「法定相続分による共同相続登記」です。
この登記は各相続人が単独で申請することが可能です。
・日付及び登記原因
登記原因の日付は相続開始日、登記原因は「相続」となります。
・添付書類、登録免許税、管轄法務局
添付資料は①で挙げたものから遺産分割協議書(または調停調書、審判書)と印鑑登録証明書を除いたものです。
登録免許税、管轄法務局は①と同じです。
③共同相続登記後の遺産分割に基づく登記
・意義
②の登記をした後で遺産分割が成立したことによって不動産を取得した場合の登記のことを指します。
・申請人
従来、不動産を取得した相続人と他の相続人が共同で「持分全部移転登記」を申請する必要があるとされていましたが、法改正により令和5年4月1日からは単独での「所有権更正登記」が可能になりました。
したがって、同日以降は、不動産を取得した相続人が単独で登記申請をすることができます。
・日付及び登記原因
登記原因の日付は遺産分割の成立日、登記原因は「遺産分割」となります。
・添付資料
ⅰ 登記原因証明情報
遺産分割協議書と相続人全員の印鑑登録証明書が必要になります。
なお、調停や審判による分割の場合は、調停調書、審判書を提出しますが、その際は印鑑登録証明書の提出は不要です。
ⅱ 住所証明書
申請者の住民票を提出します。
ⅲ 委任状
司法書士等に登記申請を依頼する場合は、委任状が必要です。
・登録免許税
不動産の個数×1000円
・管轄法務局
管轄の法務局は①、②と同じで不動産の所在地を管轄する法務局です。
④(相続人への)遺贈による登記
・申請者
従来、遺贈の場合については、受遺者と他の相続人との共同申請が必要とされていましたが、法改正により、令和5年4月1日以降は、相続人への登記の場合は受遺者による単独登記が可能になりました。
・日付及び登記原因
登記原因の日付は遺言者が死亡した日です。また、登記原因は「遺贈」となります。
・添付資料
ⅰ 登記原因証明情報
まず、遺言書が必要になります。
公正証書遺言や遺言書保管制度によって法務局で保管されていた遺言書を除いて、家庭裁判所での検認を経ているものでなければなりません。
また、死亡の事実の記載のある遺言者の戸籍謄本等及び受遺者の戸籍謄本等も登記原因証明情報として必要になります。
ⅱ住所証明書
受遺者の住民票の写しを提出します。
ⅲ 委任状
司法書士等に登記申請を依頼する場合は、委任状が必要です。
ⅳ その他
その他、不動産の固定資産税評価額がわかる資料と被相続人の本籍地の記載のある住民票の除票を添付するのが登記実務となっています。
不動産登記の義務化
令和6年4月1日から不動産登記の義務化制度がスタートしました。
これにより、相続によって不動産を取得した人は、相続開始があったことを知り、かつ、不動産を取得したことを知った日から3年以内に所有権移転登記の申請をしなければならなくなりました。
正当な理由がないのに登記を怠った場合は10万円以下の過料に処せられます。
なお、遺産分割協議がまとまらないなどの理由で登記申請ができない場合は、登記名義人について相続が開始した旨と自身がその相続人である旨を法務局に申し出ることによって、登記申請の義務を履行したものと扱われます(相続人申告登記制度)。
その後、遺産分割協議が成立した場合は、成立の日から3年以内に所有権移転登記を申請しなければなりません。
司法書士との連携態勢
不動産登記は司法書士の守備範囲であり、弁護士が登記手続きについて隅々まで知識を有しているわけではありません。
もっとも、遺産の中に不動産が含まれている場合、遺産分割や遺言書の作成をするにあたっては、常にその後の登記手続きのことも視野に入れておく必要があります。
そこで、登記のことも踏まえながら遺産分割や遺言書の作成を適切に行うためには、弁護士と司法書士の協力関係が必須です。
名古屋H&Y法律事務所では登記の専門家である司法書士をご紹介させていただくとともに、司法書士との密な連携体制に基づくリーガルサービスを提供させていただきます。
遺産相続や遺言書の作成のことでお困りの際はぜひお気軽にお声がけください。
相続税ってどうやって計算するの?申告はどうすればいい?
- 親の遺産を相続することになったけど、相続税がどれくらいになるのか不安
- 相続税の申告はいつまでにどうやってするの?
- 遺産分割が申告期限に間に合わない場合はどうすればいいの?
親族の遺産を相続した場合につきまとってくる問題が相続税についてです。ここでは、相続税の基本的な計算方法について解説していきたいと思います。
相続税の計算手順
相続税を計算する際の手順は以下のとおりです。
① 各相続人の「課税価格」(課税対象となる財産の価格)と呼ばれる金額を計算し、これを合計する
② ①で求めた合計額から基礎控除額を控除して課税遺産総額を計算する
③ ②で求めた課税遺産総額を各相続人が法定相続分で取得したと仮定した場合の取得額(仮の取得額)を計算する
④ ③で求めた各相続人の仮の取得額に対する税額を計算し、これを合計する
⑤ ④で求めた合計額を、各相続人が実際に取得した遺産の額で按分して、各相続人の税額を計算する
⑥ ⑤で求めた税額に加算や控除がある場合は、これを行なって最終的な税額を計算する。
と、これだけいわれてもなかなか難しいかと思いますので、以下で順番に解説していきます。
「課税価格」の計算方法(①)
課税価格は、以下の計算式によって計算します。
(ⅰ)相続、遺贈、死因贈与によって取得した財産
+(ⅱ)みなし相続・遺贈によって取得した財産(みなし相続財産)
―(ⅲ)非課税財産
+(ⅳ)相続時清算課税制度の適用を受けた贈与財産
―(ⅴ)相続債務及び葬儀費用
+(ⅵ)相続開始前3年以内の贈与財産
(ⅰ)相続、遺贈、死因贈与によって取得した財産
(ⅰ)は、本来の相続財産のことであり、被相続人が死亡時に有していた経済的価値のある財産のことを指しています。
(ⅱ)みなし相続・遺贈によって取得した財産(みなし相続財産)
(ⅱ)についてですが、みなし相続財産の主なものとしては以下の二つがあります。
ア 被相続人の死亡により受け取った死亡保険金のうち、被相続人が保険料を負担していた部分の金額。
イ 被相続人の死亡により遺族等が受け取った死亡退職金
本来、死亡保険金や死亡退職金は相続財産に含まれないのですが、相続税の関係では、相続財産とみなして計算することになります。
ちなみに、アの金額は以下の計算式によって計算します。
死亡保険金額 × (被相続人が負担した保険料 ÷ 被相続人が死亡するまでに支払われた保険料総額)
また、相続人が受け取ったア、イの金額のうち、500万円に法定相続人の数をかけた金額までは非課税となります。
もっとも、法定相続人の数え方に関して、養子がいる場合や相続放棄がされている場合は注意が必要です。すなわち、養子がいる場合の養子については、原則として実子がいる場合は1人、実子がいない場合は2人までとし、相続放棄があった場合は、放棄がなかったものとした場合の相続人の数となります。
(ⅳ)相続時清算課税制度の適用を受けた贈与財産
(ⅳ)の相続時清算課税制度とは、原則として60歳以上の親または祖父母から、贈与の年の1月1日において18歳(令和4年3月31日以前の贈与については20歳)以上の子または孫に贈与する場合の課税関係について、贈与税として支払うか相続開始時の相続税として精算するかを選べる制度です。
贈与税を選択した場合は、通常どおりに贈与税を申告納税しなければなりません。
他方、相続時の精算を選択した場合、贈与税は課されず、相続開始時に相続財産として相続税が課されることになります(ただし、相続時清算課税を選択できる贈与は総額で2500万円までであり、これを超えると一律20%の贈与税が課されることになります)。
相続税は基礎控除の額が大きく、税率も贈与税より低くなっているので、節税効果を期待して相続時清算課税を選択する人も多いです。
生前贈与された財産について相続時清算課税制度を選んだ場合は、その財産の価額が相続財産に加算されることになります。
(ⅴ)相続債務及び葬儀費用
(ⅴ)の相続債務は、相続開始時点において存在し、履行が確実に義務付けられているものに限ります。
例えば、保証債務などは、履行が確実とはいえないので相続財産から控除することができません。
相続債務として控除できるのは、借入金や未払いの医療費、固定資産税、準確定申告により相続人が納付すべき被相続人の所得税などが含まれます。
(ⅵ)相続開始前3年以内の贈与財産
相続などにより財産を取得した人が被相続人から相続開始前3年以内に生前贈与を受けた財産がある場合、その財産の価格についても、相続税の課税価格に加算されます。
なお、その生前贈与についてすでに贈与税を支払済みである場合、支払済みの贈与税額が相続税から控除されますが、控除しきれない金額がある場合も還付を受けることはできません。
課税遺産総額の計算方法(②)
2で求めた「課税価格」から基礎控除額を控除して課税遺産総額を求めます。
基礎控除額は、以下の計算式により、計算できます。
基礎控除額=3000万円+(600万円×法定相続人の数)
この計算式を見て「被相続人が生前に養子縁組の届出をたくさんしておけば、基礎控除の額が上がって相続税を減らせるのでは?なんなら相続税をゼロにすることもできちゃうのでは?」という悪知恵が働く人もいるかもしれません(現に私も最初はそう考えました)。
しかし、その辺は国も抜かりがなく、法定相続人の数に算入できる養子の数は相続税法15条で制限されています。
すなわち、(先ほども少し触れましたが)養子がいる場合の養子については、原則として実子がいる場合は1人、実子がいない場合は2人までしか法定相続人にカウントすることができなくなっています。
例えば、相続人に妻W、実子A、実子B、養子C、養子Dがいたとして、Wが1億円、Aが8000万円、Bが4000万円、Cが3000万円、Dが6000万円の遺産を取得したとします。
基礎控除額を計算するに当たっては、実子がいるので養子は一人分までしか法定相続人の数にカウントできません。
したがって、基礎控除額は、
3000万円+(600万円×4)=5400万円となります。
他方、遺産総額は3億1000万円なので、課税遺産総額は
3億1000万円 ― 5400万円 = 2億5600万円となります。
仮の取得額の計算方法(③)
3で求めた課税遺産総額に各相続人の法定相続分割合をかけて仮の取得額を計算します。
先程の例で計算すると以下のようになります。
W : 2億5600万円×1/2 = 1億2800万円
A〜D : 2億5600万円×1/8 = 3200万円ずつ
相続税の合計額の計算方法(④)
4で求めた仮の取得額に以下の税率と控除額を当てはめて相続税の金額を計算し、それを合計します。
法定相続分に応ずる取得金額 | 税率 | 控除額 |
1000万円以下 | 10% | ― |
1000万円超〜3000万円以下 | 15% | 50万円 |
3000万円超〜5000万円以下 | 20% | 200万円 |
5000万円超〜1億円以下 | 30% | 700万円 |
1億円超〜2億円以下 | 40% | 1700万円 |
2億円超〜3億円以下 | 45% | 2700万円 |
3億円超〜6億円以下 | 50% | 4200万円 |
6億円超 | 55% | 7200万円 |
先程の例で計算すると以下のようになります。
W : 1億2800万円 × 30% ー 1700万円 = 2140万円
A〜D : 3200万円 ×20% ー 200万円 = 440万円ずつ
したがって、税額の合計は2140万円×(440万円×4)=3900万円
各相続人の税額の計算
5で税額の総額を求めることができたので、これを各相続人の実際の遺産の取得額に応じて按分していきます。
W : 3900万円×(1億円/3億1000万円)=1258万0645円
A : 3900万円×(8000万円/3億1000万円)=1006万4516円
B : 3900万円×(4000万円/3億1000万円)=503万2258円
C : 3900万円×(3000万円/3億1000万円)=377万4193円
D : 3900万円×(6000万円/3億1000万円)=754万8387円
加算、控除による最終的な税額の確定
6で求めた税額に対して、加算や控除がある場合は、その処理をして最終的な税額を計算します。
例えば、配偶者であれば配偶者控除を受けることができます。配偶者控除の上限額は1億6000万円までですが、1億6000万円を超えても法定相続分までであれば、控除されます。
したがって、上の例でいえば、Wの取得額は1億円であり、控除の上限を下回っているので全額が税額控除されることになります。
その結果、Wの相続税額は0円になります。
また、例えば、被相続人の一親等の血族及び配偶者以外の相続人の場合、相続税額が2割加算されることになります。
養子も一親等の親族に該当するので、上の例では全員が配偶者か一親等内の親族ということになり、この2割加算の該当者はいないということになります(ただし、二親等以上離れた親族を養子にした場合(例えば孫養子の場合など)は、この2割加算の対象となります)。
相続税の申告はどうすればいいの?
相続税の基本的な計算方法は以上のとおりです。
これを踏まえて、次は相続税の申告について解説していきたいと思います。
相続税の申告をしないといけないのはどんなとき?
相続等により取得した財産の価格(課税価格)の合計額が基礎控除額を超える場合は、相続税の申告・納税をしなければなりません。
未成年控除等の適用を受けて納付すべき相続税額が0円となる場合は申告不要ですが、小規模宅地等の特例や配偶者の税額軽減(配偶者控除)の適用を受けるためには、申告することが条件となるので、相続税額が0円でも申告が必要です。
なお、同じ被相続人の相続税の申告については、共同相続人の連名で申告書を提出することも可能です。
告の期限は?期限までに遺産分割が間に合わない場合はどうすればいい?
申告の期限は、相続開始(被相続人の死亡)を知った日から10か月以内です(この期限の最終日が土曜日、日曜日、祝日などに当たる場合は、これらの日の翌日が期限の最終日となります)。
この期限内に申告をしないと無申告加算税を課されることになってしまうので、申告が必要な方は必ず申告するようにしましょう。
なお、期限が10か月と比較的短く設定されていることから、期限までに遺産分割協議が終わらないというケースも往々にしてありうるところです。
そのような場合は、一旦、各相続人が法定相続分に従って遺産を相続したと仮定して、期限内に申告(未分割申告)をしておき、遺産分割が終わった後であらためて修正申告または更正の請求を行います。
また、未分割申告の場合、小規模宅地等の特例や配偶者の税額軽減(配偶者控除)を受けることができません。
しかし、未分割申告の際に「申告期限後3年以内の分割見込書」という書面を提出しておくことで、遺産分割後の修正申告や更正請求の際にこれらの特例の適用を受けることが可能になります。
申告書の提出先は?
申告書の提出先は、被相続人の最後の住所地を管轄する税務署です。
相続税の納付方法は?
相続税の納付は現金一括で行うのが原則です。
もっとも、遺産のほとんどが不動産である場合など、金銭による納付が困難であることも考えられます。
そのような場合は、延納(分割払い)や物納(現物による納付)を検討することになります。
延納や物納を希望する場合は、申告書の提出期限までに税務署に申請書類等を提出して、税務署長の許可を受ける必要があります。
遺産分割と相続税
相続税は税理士の守備範囲であり、弁護士が相続税について隅々まで知識を有しているわけではありません。
もっとも、遺産分割は相続税の問題と切っても切り離せないものであり、遺産分割を進めていくにあたっては、相続税のことも常に視野に入れておく必要があります。
そこで、税金のことも踏まえながら遺産分割を適切に進めていくためには、弁護士と税理士の協力関係が必須です。
名古屋H&Y法律事務所では、相続税に強い税理士をご紹介することが可能であり、税理士との密な協力関係に基づくリーガルサービスを提供させていただきます。
遺産相続のことでお困りの際はぜひお気軽にお声がけください。
相続放棄の流れと放棄後の注意点
- 家族の借金を相続することになってしまった!相続放棄ってできるの?
- 相続放棄をしたいけど、手続きの仕方がわからない
- 相続放棄をするとどうなるの?
- 相続人が全員相続放棄をした場合はどうなるの?
遺産相続の場面において、遺産の中に多額の借金が含まれており、それが預貯金や不動産といったプラスの遺産を上回っているということは実際によくあることです。
そのような場合に相続人が借金の返済義務を免れるための方法として、相続放棄というものがあります。
ここでは、相続放棄をするための条件や相続放棄の手続きについて解説したあとで、相続放棄をした後に注意しなければならないことついても併せて説明していきたいと思います。
そもそも相続放棄とは?
相続放棄とは、文字どおり遺産の相続を放棄することです。
もう少し詳しくいうと、本来、被相続人の遺産を相続する地位にあった相続人が、相続人としての地位そのものを放棄し、一切の遺産を受け継がないことを意味します。
相続放棄をした場合、その相続人は初めから相続人ではなかったものとみなされます(民法939条)。
「初めから」というのは、相続開始の当初から、すなわち被相続人が亡くなった時点からということです。
したがって、相続放棄をした人は、「被相続人が亡くなったときから相続人ではなかった」と扱われることになるわけですから、当然、被相続人の遺産を引き継ぐことはありません。
その結果、被相続人の借金や負債を背負う必要は一切なくなります。
他方で、被相続人に不動産や預貯金などのプラスの財産があった場合も、それらを引き継ぐことはできなくなります。
なお、「初めから」相続人ではなかったとみなされるため、放棄者に子がいる場合でも代襲相続されることはありません。この点は後で詳しく説明します。
「相続分放棄」との違いは?
相続放棄と似た言葉に「相続分放棄」というものがあります。
これは、相続人としての地位そのもの放棄するのではなく、相続人が持っている相続分のみを放棄するということです。
例えば、遺産分割がまだ終わっていない段階で、ある相続人が遺産全体の3分の1の相続分を持っているとした場合、その3分の1の相続分を放棄するということです。
後述するように、相続放棄は家庭裁判所での手続きが必要になりますが、相続分放棄は他の相続人に意思表示をするだけでOKです。
「だったら相続放棄なんて面倒なことをせずに、相続分放棄でいいじゃないか」と思われるかもしれませんが、相続分放棄をしても基本的には相続債務を免れることができません。
すなわち、相続分放棄というのは基本的にはプラスの財産のみについての放棄であり、マイナスの財産も合わせて放棄するということはできないものと考えていただいて差し支えありません(ただし、債権者が同意した場合は別です)。
ですので、被相続人の借金を相続したくないという人は「相続分放棄」ではなく「相続放棄」をすべきでしょう。
相続放棄が可能な条件は?
残念ながら、相続放棄はいつでもどのような場合でもできるというわけではありません。
相続放棄をするためには以下の条件を満たしている必要があります。
⑴自己のために相続が開始されたことを知ってから3か月以内であること
⑵単純承認や限定承認をしていないこと
以下で、順番に解説していきたいと思います。
⑴自己のために相続が開始されたことを知ってから3か月以内であること(熟慮期間)
熟慮期間の起算点
まず、⑴ですが、この3か月の期間制限のことを熟慮期間などといいます。文字どおり、相続放棄をするか否か熟慮するための期間ということです。
そして、この熟慮期間は「自己のために相続が開始されたこと知った」ときからカウントされます。
「自己のために相続が開始されたこと知った」というのは、①被相続人が死亡したことと、②その被相続人と自分が相続関係にあることのいずれをも知った場合のことを意味します。
ですので、被相続人がすでに死亡していたとしても、その人と疎遠であるなどして、死亡の事実(①)を知らなければ、何年経っても熟慮期間はスタートしません。
また、被相続人と自分が相続関係にあること(②)も知っている必要があります。
したがって、死亡した被相続人と自分が親族関係にあることを知らなかったような場合や、先順位の相続人が全員相続放棄をして自分が相続人になったものの、その事実を知らなかったような場合もその間は熟慮期間がスタートしません。
熟慮期間の延長
なお、この熟慮期間については、裁判所に請求することで延長してもらえることがあります(民法915条1項ただし書)。財産が多くて調査に時間がかかるような場合であれば基本的には延長が認められることが多いでしょう。
とはいっても、絶対に延長が認められるわけではありませんので、相続放棄の準備は早めにしておくに越したことはありません。
なお、延長の請求は熟慮期間内にする必要があるので、熟慮期間が経過してしまった場合は延長の請求をしても却下されます。
⑵単純承認や限定承認をしていないこと
次に、相続放棄の条件⑵「単純承認や限定承認をしていないこと」についてです。
単純承認とは?
単純承認というのは、無条件で相続を承認することです。
一度単純承認をしてしまうと、それ以降相続放棄をすることはできません。
ここでいう「承認」というのは「認める」ということです。
ですので、「自分が相続することを認めます」と他の相続人などに表明した場合、これは当然単純承認にあたります。
しかし、実際にはそのよう形で単純承認が認められるパターンは実務上ほとんどありません。
実務において問題になるのは、ほとんどが法定単純承認といわれるものです。
法定単純承認とは、一定の場合に単純承認をしたとみなす制度
法定単純承認とは何かというと、民法では「こういうことをしたら、単純承認をしたとみなしますよ」という事柄がいくつか定められており、それに該当する行為をした場合に単純承認とみなされて相続放棄ができなくなってしまうという制度のことです。
では、どのようなことをすれば法定単純承認に該当してしまうのかというと、民法では以下のような事由が挙げられています。
⑴相続人が相続財産の全部又は一部を処分したとき。
⑵相続人が、相続財産の全部若しくは一部を隠匿し、私(ひそか)にこれを消費したとき。
このように「処分」「隠匿」「私に消費」が法定単純承認事由として挙げられています。
以下で順番に見ていきましょう。
「処分」にあたるのはどんな場合?
処分というのは、遺産を売却したり贈与したりする法律上の処分行為に加えて、遺産に属する物を破損したり破棄したり、その状態に変更を加えるといった事実上の処分行為も含みます。
もっとも、形式上は処分行為に該当する行為であったとしても、損傷箇所を修繕するなど財産の現状を維持するための行為(保存行為)であれば、「処分」に当たらないとされています。
具体例としては、遺産である不動産を第三者に売却したり、不動産に抵当権を設定する行為は「処分」にあたるでしょう。
預貯金を引き出す行為も「処分」にあたり得ます。
また、遺産である建物を取り壊す行為も、特段の事情がない限りは「処分」にあたるでしょう。
以上に対して、遺産である建物が雨漏りをしているので、これを修繕したような場合であれば「保存行為」として「処分」にはあたりません。
葬儀費用や埋葬費用などを被相続人の預貯金から支払った場合でも相続放棄はできる?
ここで問題になってくるのは、例えば被相続人の預貯金を引き出して葬儀費用や仏壇、墓石の購入費用などを支払った場合、これが「処分」にあたるのかという点です。
これについては、裁判例(大阪高裁平成14年7月3日)があり、葬儀費用や仏壇、墓石の購入費用は、社会的な必要性が高く、不相当に高額といえない限りは「処分」にあたらないと判断されています。
したがって、被相続人の預貯金から葬儀費用や仏壇、墓石の購入費用を支出したとしても、それが不相当に高額といえない限りは、依然として相続放棄をすることができるということになります。
「隠匿」にあたるのはどんな場合?
隠匿とは、文字どおり隠すことです。積極的に隠す場合だけではなく、遺産の存在を知りながらこれを告げないことも含まれます。
例えば、被相続人の預金通帳を発見したのに、これを他の相続人に告げずに独り占めしたような場合は「隠匿」にあたると考えられます。
「私に消費」にあたるのはどんな場合?
「私(ひそか)に」というのは、「私的に」くらいに意味合いだと考えていただければ大丈夫です。特に重要な意味を持つ文言ではありません。
消費というのも、文字どおりであり、相続財産を使ってなくすことです。「処分」にあたる行為は多くが「消費」にもあたると思われます。
限定承認とは?
限定承認をした場合も、相続放棄はできなくなります。
限定承認とは、プラスの相続財産の限度でマイナスの相続財産(債務、遺贈)を弁済するという条件付きで相続の承認をすることです。
限定承認をすれば、プラスの財産以上にマイナスの財産があったとしても、プラスの財産の範囲でだけそれを弁済すればよいということになります。
このように聞くと「お、限定承認いいじゃないか」と思われるかもしれませんが、限定承認は共同相続人全員でしなければならなかったり、財産目録の作成や相続債権者への配当(清算手続)を決められた期間内(それも極めて短期間)に行わなければならないなど、非常に手続きが煩雑で使い勝手の悪い制度です。
実際、限定承認がされることは実務上ほとんどありません。
ひとまずは「限定承認をした場合も相続放棄はできなくなる」ということだけ抑えていただければ十分かと思いますので、ここでは限定承認についての詳細な解説は割愛させていただきます。
相続放棄の手続きはどうすればよいか?
以上で述べてきたとおり、自己のために相続が開始したことを知ってから3か月以内であり、かつ、単純承認(法定単純承認を含む)も限定承認もしてない場合は、相続放棄をすることが可能です。
それでは、相続放棄をするためにはどのような手続きが必要でしょうか?
相続放棄の申述書と添付書類の提出
相続放棄をするためには、家庭裁判所で「放棄の申述」をする必要があります。
「申述」といっても、裁判所に行って裁判官の前で何か言わないといけないというわけではなく、基本的には相続放棄申述書という書面に必要書類を添付して管轄の裁判所に提出するだけです。
相続放棄申述書の書式は以下の裁判所のページからダウンロードすることができますし、各家庭裁判所に紙ベースの雛形が備え付けられているので、そちらで入手することも可能です。
また、申述書に添付する書類は、被相続人の住民票の除票、被相続人の死亡の記載のある戸籍・除籍謄本、申述人の現在の戸籍謄本などですが、被相続人との関係により必要な書類が区々に分かれています。
以下の裁判所のページにまとめられていますのでそちらをご参照ください。
相続放棄の申述書はどこの裁判所に出すの?
相続放棄申述書を提出すべき裁判所は、被相続人の最後の住所地を管轄している家庭裁判所です。
例えば、最後の住所地が愛知県名古屋市であれば名古屋家庭裁判所の本庁が管轄裁判所になりますし、愛知県大府市であれば名古屋家庭裁判所半田支部、三重県伊賀市であれば津家庭裁判所伊賀支部、岐阜県関市であれば岐阜家庭裁判所本庁が管轄裁判所になります。
管轄区域については、各家庭裁判所のホームページに掲載されておりますので、そちらをご参照ください。
東海3県については、以下にリンクを掲載しておきます。
なお、最後の住所地は、被相続人の住民票の除票を取得することで調べることができます。
相続放棄申述書を提出した後の流れは?
相続放棄の申述書を提出した後は、基本的に待つだけです。
被相続人が亡くなってから3か月以内に申述書を提出した場合であれば、特に何もなく申述が受理されて手続きが終了することが多いです。
もっとも、申述者の年齢や申述した時期、相続財産の状況、申述者と被相続人との関係性などの事情によっては、家庭裁判所から「相続放棄照会書」という書面が届き、相続放棄をするに至った経緯や理由などを尋ねられることもあります。相続放棄照会書が届いた場合は、添付の回答書に照会事項を記入して返送する必要があります。
その後、家庭裁判所において特に問題なく相続放棄の申述書を受理した場合は、「相続放棄申述受理通知書」が郵送されてきますので、これをもって相続放棄の手続きは全て完了したことになります。
相続放棄をするとどうなるのか?
先程も説明したとおり、相続放棄をすると「初めから相続人でなかったもの」とみなされます。
その結果、プラスの財産もマイナスの財産も被相続人から引き継ぐことはありません。この点も先程すでにご説明差し上げたとおりです。
また、一部の相続人のみが相続放棄をした場合、他の相続人の相続分がどうなるかというと、初めから放棄をした相続人がいなかったものとして(つまり初めから他の相続人のみであったとして)考えることになります。
例えば、妻Wと子A、Bが相続人になっている場合、本来であればそれぞれの相続分はWが1/2、A、Bが1/4ずつになります。
ここでAのみが相続放棄をしたとすると、W、Bの相続分については、初めからW、Bのみが相続人であったものとして考えることになるので、Wが1/2、Bも1/2となります。
なお、相続放棄の場合、放棄をした人に子などの直系卑属がいた場合でも代襲相続はされません。
先ほどの事例でAに子Cがいたとしても、Aが相続放棄をすることで代わりにCが相続人になるということはありません。
さらに、同順位の相続人全員が相続放棄をした場合、次順位の相続人が相続することになります。
例えば、Xには子A、B、Cと両親D、E、兄弟姉妹F、Gがいたとします。
ここでA、B、Cが全員相続放棄をしたとすると、今度はD、Eが相続人になります。そして、D、Eも相続放棄をしたとするとF、Gが相続人となります。
では「F、Gも相続放棄をしてしまったらどうなるんだ?」というのは当然の疑問ですよね。それについては、次の項目で解説します。
全員が相続放棄をするとどうなるの?
相続人となるべき人が全員相続放棄をしてしまった場合、相続人がいない(不存在)ということになります。
相続人不存在の場合にどうなるかという点については民法に規定があり、以下のように進んでいくことになります。
① 利害関係人が相続財産清算人の選任を申立てる
→相続放棄をした者は利害関係人として相続財産清算人の選任を家庭裁判所に請求することができます。
他に選任請求が可能なのは、相続債権者、相続債務者、受遺者、特別縁故者として遺産の分与を申し立てる者、所在不明土地につき国の行政機関の長などが考えられるところです。
② 家庭裁判所が相続財産清算人を選任する
→請求を受けた家庭裁判所は、弁護士などの中から相続財産清算人を選任します。
③ 家庭裁判所が相続財産清算人選任と相続人捜索の広告をする
→相続財産清算人を選任した家庭裁判所は、その旨と相続人がいるならば一定期間内(6か月以上)にその権利を主張すべき旨を広告します。この期間内に誰も相続人が名乗り出なければ、相続人の不存在が確定します。
④ 相続財産清算人が相続債権者や受遺者に請求申出を促す広告をする
→③の広告があった場合、相続財産清算人は、すべての相続剤権者と受遺者に対して、2か月以上の期間を定めて、その期間内にその請求の申し出をすべき旨の広告をしなければなりません。また、既に判明している相続債権者と受遺者に対しては、個別の債権の申し出をするよう催告しなければなりません。
⑤ 相続財産の清算
→相続財産清算人は期限内に申し出たか、既に判明している相続債権者及び受遺者に対して弁済の配当をします。
⑥ 国庫への帰属or特別縁故者への分与
→⑤の生産後にプラスの財産が残っている場合、その財産は国庫に帰属することになります。
もっとも、被相続人の内縁の配偶者や被相続人の介護に務めた人など、被相続人と「特別の縁故」を有する人(特別縁故者)が遺産の分与を請求した場合、家庭裁判所は相続財産の全部または一部を与えることができます。
特別縁故者に財産を与えるか否か、与えるとして何をどれだけ与えるかは家庭裁判所の裁量によって判断されます。
「相続放棄をしたからあとは知らない」はダメ?放棄者の財産管理義務
くどいようですが、相続放棄をした場合、「初めから相続人でなかった」ものとみなされます。
「ということは、放棄をした後で相続財産の管理なんかする必要もないのではないか」と思われる方もいらっしゃるかもしれませんが、必ずしもそうとはいえません。
民法には次のような規定があります。
904条1項 相続の放棄をした者は、その放棄の時に相続財産に属する財産を現に占有しているときは、相続人又は第九百五十二条第一項の相続財産の清算人に対して当該財産を引き渡すまでの間、自己の財産におけるのと同一の注意をもって、その財産を保存しなければならない。
つまり、相続放棄をした時点で相続財産を占有している人は、放棄後の新しい相続人か相続財産清算人に財産を引き渡すまでは、その財産を管理しなければなりません。
ただし、管理の程度は「自己の財産におけるのと同一の注意」ですので、要は自分の財産と同じように管理すれば良いということになります(とはいっても、無闇に破損したりすると管理責任を問われるので注意しましょう)。
なお、管理義務を負っているのは、相続放棄の時点で財産を占有している人だけですので、そうでない場合に管理義務は発生しません。
例えば、相続放棄をした時点で相続財産である不動産に居住している人はその不動産について管理義務を負うことになりますが、別の離れたところにある不動産の居住しているのであれば管理義務を負うことはないといえるでしょう。