相続放棄の流れと放棄後の注意点

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遺産相続の場面において、遺産の中に多額の借金が含まれており、それが預貯金や不動産といったプラスの遺産を上回っているということは実際によくあることです。

そのような場合に相続人が借金の返済義務を免れるための方法として、相続放棄というものがあります。

ここでは、相続放棄をするための条件や相続放棄の手続きについて解説したあとで、相続放棄をした後に注意しなければならないことついても併せて説明していきたいと思います。

そもそも相続放棄とは?

相続放棄とは、文字どおり遺産の相続を放棄することです。

もう少し詳しくいうと、本来、被相続人の遺産を相続する地位にあった相続人が、相続人としての地位そのものを放棄し、一切の遺産を受け継がないことを意味します。

相続放棄をした場合、その相続人は初めから相続人ではなかったものとみなされます(民法939条)。

「初めから」というのは、相続開始の当初から、すなわち被相続人が亡くなった時点からということです。

したがって、相続放棄をした人は、「被相続人が亡くなったときから相続人ではなかった」と扱われることになるわけですから、当然、被相続人の遺産を引き継ぐことはありません。

その結果、被相続人の借金や負債を背負う必要は一切なくなります。

他方で、被相続人に不動産や預貯金などのプラスの財産があった場合も、それらを引き継ぐことはできなくなります。

なお、「初めから」相続人ではなかったとみなされるため、放棄者に子がいる場合でも代襲相続されることはありません。この点は後で詳しく説明します。

「相続分放棄」との違いは?

相続放棄と似た言葉に「相続分放棄」というものがあります。

これは、相続人としての地位そのもの放棄するのではなく、相続人が持っている相続分のみを放棄するということです。

例えば、遺産分割がまだ終わっていない段階で、ある相続人が遺産全体の3分の1の相続分を持っているとした場合、その3分の1の相続分を放棄するということです。

後述するように、相続放棄は家庭裁判所での手続きが必要になりますが、相続分放棄は他の相続人に意思表示をするだけでOKです。

「だったら相続放棄なんて面倒なことをせずに、相続分放棄でいいじゃないか」と思われるかもしれませんが、相続分放棄をしても基本的には相続債務を免れることができません。

すなわち、相続分放棄というのは基本的にはプラスの財産のみについての放棄であり、マイナスの財産も合わせて放棄するということはできないものと考えていただいて差し支えありません(ただし、債権者が同意した場合は別です)。

 ですので、被相続人の借金を相続したくないという人は「相続分放棄」ではなく「相続放棄」をすべきでしょう。

相続放棄が可能な条件は?

残念ながら、相続放棄はいつでもどのような場合でもできるというわけではありません。

相続放棄をするためには以下の条件を満たしている必要があります。

 ⑴自己のために相続が開始されたことを知ってから3か月以内であること

 ⑵単純承認限定承認をしていないこと

以下で、順番に解説していきたいと思います。

⑴自己のために相続が開始されたことを知ってから3か月以内であること(熟慮期間)

熟慮期間の起算点

まず、⑴ですが、この3か月の期間制限のことを熟慮期間などといいます文字どおり、相続放棄をするか否か熟慮するための期間ということです。

そして、この熟慮期間は「自己のために相続が開始されたこと知った」ときからカウントされます。

「自己のために相続が開始されたこと知った」というのは、①被相続人が死亡したことと、②その被相続人と自分が相続関係にあることのいずれをも知った場合のことを意味します。

ですので、被相続人がすでに死亡していたとしても、その人と疎遠であるなどして、死亡の事実(①)を知らなければ、何年経っても熟慮期間はスタートしません。

また、被相続人と自分が相続関係にあること(②)も知っている必要があります。

したがって、死亡した被相続人と自分が親族関係にあることを知らなかったような場合や、先順位の相続人が全員相続放棄をして自分が相続人になったものの、その事実を知らなかったような場合もその間は熟慮期間がスタートしません。

熟慮期間の延長

なお、この熟慮期間については、裁判所に請求することで延長してもらえることがあります(民法915条1項ただし書)。財産が多くて調査に時間がかかるような場合であれば基本的には延長が認められることが多いでしょう。

とはいっても、絶対に延長が認められるわけではありませんので、相続放棄の準備は早めにしておくに越したことはありません。

なお、延長の請求は熟慮期間内にする必要があるので、熟慮期間が経過してしまった場合は延長の請求をしても却下されます。

⑵単純承認や限定承認をしていないこと

次に、相続放棄の条件⑵「単純承認や限定承認をしていないこと」についてです。

単純承認とは?

単純承認というのは、無条件で相続を承認することです。

一度単純承認をしてしまうと、それ以降相続放棄をすることはできません。

ここでいう「承認」というのは「認める」ということです。

ですので、「自分が相続することを認めます」と他の相続人などに表明した場合、これは当然単純承認にあたります。

しかし、実際にはそのよう形で単純承認が認められるパターンは実務上ほとんどありません。

実務において問題になるのは、ほとんどが法定単純承認といわれるものです。

法定単純承認とは、一定の場合に単純承認をしたとみなす制度

法定単純承認とは何かというと、民法では「こういうことをしたら、単純承認をしたとみなしますよ」という事柄がいくつか定められており、それに該当する行為をした場合に単純承認とみなされて相続放棄ができなくなってしまうという制度のことです。

では、どのようなことをすれば法定単純承認に該当してしまうのかというと、民法では以下のような事由が挙げられています。

⑴相続人が相続財産の全部又は一部を処分したとき。

⑵相続人が、相続財産の全部若しくは一部を隠匿し、私(ひそか)にこれを消費したとき。

このように「処分」「隠匿」「私に消費」が法定単純承認事由として挙げられています。

以下で順番に見ていきましょう。

「処分」にあたるのはどんな場合?

処分というのは、遺産を売却したり贈与したりする法律上の処分行為に加えて、遺産に属する物を破損したり破棄したり、その状態に変更を加えるといった事実上の処分行為も含みます。

もっとも、形式上は処分行為に該当する行為であったとしても、損傷箇所を修繕するなど財産の現状を維持するための行為(保存行為)であれば、「処分」に当たらないとされています。

具体例としては、遺産である不動産を第三者に売却したり、不動産に抵当権を設定する行為は「処分」にあたるでしょう。

預貯金を引き出す行為も「処分」にあたり得ます。

また、遺産である建物を取り壊す行為も、特段の事情がない限りは「処分」にあたるでしょう。

以上に対して、遺産である建物が雨漏りをしているので、これを修繕したような場合であれば「保存行為」として「処分」にはあたりません。

葬儀費用や埋葬費用などを被相続人の預貯金から支払った場合でも相続放棄はできる?

ここで問題になってくるのは、例えば被相続人の預貯金を引き出して葬儀費用や仏壇、墓石の購入費用などを支払った場合、これが「処分」にあたるのかという点です。

これについては、裁判例(大阪高裁平成14年7月3日)があり、葬儀費用や仏壇、墓石の購入費用は、社会的な必要性が高く、不相当に高額といえない限りは「処分」にあたらないと判断されています。

したがって、被相続人の預貯金から葬儀費用や仏壇、墓石の購入費用を支出したとしても、それが不相当に高額といえない限りは、依然として相続放棄をすることができるということになります。

「隠匿」にあたるのはどんな場合?

隠匿とは、文字どおり隠すことです。積極的に隠す場合だけではなく、遺産の存在を知りながらこれを告げないことも含まれます。

例えば、被相続人の預金通帳を発見したのに、これを他の相続人に告げずに独り占めしたような場合は「隠匿」にあたると考えられます。

「私に消費」にあたるのはどんな場合?

「私(ひそか)に」というのは、「私的に」くらいに意味合いだと考えていただければ大丈夫です。特に重要な意味を持つ文言ではありません。

消費というのも、文字どおりであり、相続財産を使ってなくすことです。「処分」にあたる行為は多くが「消費」にもあたると思われます。

限定承認とは?

限定承認をした場合も、相続放棄はできなくなります。

限定承認とは、プラスの相続財産の限度でマイナスの相続財産(債務、遺贈)を弁済するという条件付きで相続の承認をすることです。

限定承認をすれば、プラスの財産以上にマイナスの財産があったとしても、プラスの財産の範囲でだけそれを弁済すればよいということになります。

このように聞くと「お、限定承認いいじゃないか」と思われるかもしれませんが、限定承認は共同相続人全員でしなければならなかったり、財産目録の作成や相続債権者への配当(清算手続)を決められた期間内(それも極めて短期間)に行わなければならないなど、非常に手続きが煩雑で使い勝手の悪い制度です。

実際、限定承認がされることは実務上ほとんどありません。

ひとまずは「限定承認をした場合も相続放棄はできなくなる」ということだけ抑えていただければ十分かと思いますので、ここでは限定承認についての詳細な解説は割愛させていただきます。

相続放棄の手続きはどうすればよいか?

以上で述べてきたとおり、自己のために相続が開始したことを知ってから3か月以内であり、かつ、単純承認(法定単純承認を含む)も限定承認もしてない場合は、相続放棄をすることが可能です。

それでは、相続放棄をするためにはどのような手続きが必要でしょうか?

相続放棄の申述書と添付書類の提出

相続放棄をするためには、家庭裁判所で「放棄の申述」をする必要があります。

「申述」といっても、裁判所に行って裁判官の前で何か言わないといけないというわけではなく、基本的には相続放棄申述書という書面に必要書類を添付して管轄の裁判所に提出するだけです。

相続放棄申述書の書式は以下の裁判所のページからダウンロードすることができますし、各家庭裁判所に紙ベースの雛形が備え付けられているので、そちらで入手することも可能です。

相続放棄申述書の書式

また、申述書に添付する書類は、被相続人の住民票の除票、被相続人の死亡の記載のある戸籍・除籍謄本、申述人の現在の戸籍謄本などですが、被相続人との関係により必要な書類が区々に分かれています。

以下の裁判所のページにまとめられていますのでそちらをご参照ください。

相続放棄の必要書類

相続放棄の申述書はどこの裁判所に出すの?

相続放棄申述書を提出すべき裁判所は、被相続人の最後の住所地を管轄している家庭裁判所です。

例えば、最後の住所地が愛知県名古屋市であれば名古屋家庭裁判所の本庁が管轄裁判所になりますし、愛知県大府市であれば名古屋家庭裁判所半田支部、三重県伊賀市であれば津家庭裁判所伊賀支部、岐阜県関市であれば岐阜家庭裁判所本庁が管轄裁判所になります。

管轄区域については、各家庭裁判所のホームページに掲載されておりますので、そちらをご参照ください。

東海3県については、以下にリンクを掲載しておきます。

なお、最後の住所地は、被相続人の住民票の除票を取得することで調べることができます。

相続放棄申述書を提出した後の流れは?

相続放棄の申述書を提出した後は、基本的に待つだけです。

被相続人が亡くなってから3か月以内に申述書を提出した場合であれば、特に何もなく申述が受理されて手続きが終了することが多いです。

もっとも、申述者の年齢や申述した時期、相続財産の状況、申述者と被相続人との関係性などの事情によっては、家庭裁判所から「相続放棄照会書」という書面が届き、相続放棄をするに至った経緯や理由などを尋ねられることもあります。相続放棄照会書が届いた場合は、添付の回答書に照会事項を記入して返送する必要があります。

その後、家庭裁判所において特に問題なく相続放棄の申述書を受理した場合は、「相続放棄申述受理通知書」が郵送されてきますので、これをもって相続放棄の手続きは全て完了したことになります。

相続放棄をするとどうなるのか?

先程も説明したとおり、相続放棄をすると「初めから相続人でなかったもの」とみなされます。

その結果、プラスの財産もマイナスの財産も被相続人から引き継ぐことはありません。この点も先程すでにご説明差し上げたとおりです。

また、一部の相続人のみが相続放棄をした場合、他の相続人の相続分がどうなるかというと、初めから放棄をした相続人がいなかったものとして(つまり初めから他の相続人のみであったとして)考えることになります。

例えば、妻Wと子A、Bが相続人になっている場合、本来であればそれぞれの相続分はWが1/2、A、Bが1/4ずつになります。

ここでAのみが相続放棄をしたとすると、W、Bの相続分については、初めからW、Bのみが相続人であったものとして考えることになるので、Wが1/2、Bも1/2となります。

なお、相続放棄の場合、放棄をした人に子などの直系卑属がいた場合でも代襲相続はされません。

先ほどの事例でAに子Cがいたとしても、Aが相続放棄をすることで代わりにCが相続人になるということはありません。

さらに、同順位の相続人全員が相続放棄をした場合、次順位の相続人が相続することになります。

例えば、Xには子A、B、Cと両親D、E、兄弟姉妹F、Gがいたとします。

ここでA、B、Cが全員相続放棄をしたとすると、今度はD、Eが相続人になります。そして、D、Eも相続放棄をしたとするとF、Gが相続人となります。

では「F、Gも相続放棄をしてしまったらどうなるんだ?」というのは当然の疑問ですよね。それについては、次の項目で解説します。

全員が相続放棄をするとどうなるの?

相続人となるべき人が全員相続放棄をしてしまった場合、相続人がいない(不存在)ということになります。

相続人不存在の場合にどうなるかという点については民法に規定があり、以下のように進んでいくことになります。

① 利害関係人が相続財産清算人の選任を申立てる

→相続放棄をした者は利害関係人として相続財産清算人の選任を家庭裁判所に請求することができます。

他に選任請求が可能なのは、相続債権者、相続債務者、受遺者、特別縁故者として遺産の分与を申し立てる者、所在不明土地につき国の行政機関の長などが考えられるところです。

② 家庭裁判所が相続財産清算人を選任する

→請求を受けた家庭裁判所は、弁護士などの中から相続財産清算人を選任します。

③ 家庭裁判所が相続財産清算人選任と相続人捜索の広告をする

→相続財産清算人を選任した家庭裁判所は、その旨と相続人がいるならば一定期間内(6か月以上)にその権利を主張すべき旨を広告します。この期間内に誰も相続人が名乗り出なければ、相続人の不存在が確定します。

④ 相続財産清算人が相続債権者や受遺者に請求申出を促す広告をする

→③の広告があった場合、相続財産清算人は、すべての相続剤権者と受遺者に対して、2か月以上の期間を定めて、その期間内にその請求の申し出をすべき旨の広告をしなければなりません。また、既に判明している相続債権者と受遺者に対しては、個別の債権の申し出をするよう催告しなければなりません。

⑤ 相続財産の清算

→相続財産清算人は期限内に申し出たか、既に判明している相続債権者及び受遺者に対して弁済の配当をします。

⑥ 国庫への帰属or特別縁故者への分与

→⑤の生産後にプラスの財産が残っている場合、その財産は国庫に帰属することになります。

もっとも、被相続人の内縁の配偶者や被相続人の介護に務めた人など、被相続人と「特別の縁故」を有する人(特別縁故者)が遺産の分与を請求した場合、家庭裁判所は相続財産の全部または一部を与えることができます。

特別縁故者に財産を与えるか否か、与えるとして何をどれだけ与えるかは家庭裁判所の裁量によって判断されます。

「相続放棄をしたからあとは知らない」はダメ?放棄者の財産管理義務

くどいようですが、相続放棄をした場合、「初めから相続人でなかった」ものとみなされます。

「ということは、放棄をした後で相続財産の管理なんかする必要もないのではないか」と思われる方もいらっしゃるかもしれませんが、必ずしもそうとはいえません。

民法には次のような規定があります。

904条1項 相続の放棄をした者は、その放棄の時に相続財産に属する財産を現に占有しているときは、相続人又は第九百五十二条第一項の相続財産の清算人に対して当該財産を引き渡すまでの間、自己の財産におけるのと同一の注意をもって、その財産を保存しなければならない。

つまり、相続放棄をした時点で相続財産を占有している人は、放棄後の新しい相続人か相続財産清算人に財産を引き渡すまでは、その財産を管理しなければなりません。

ただし、管理の程度は「自己の財産におけるのと同一の注意」ですので、要は自分の財産と同じように管理すれば良いということになります(とはいっても、無闇に破損したりすると管理責任を問われるので注意しましょう)。

なお、管理義務を負っているのは、相続放棄の時点で財産を占有している人だけですので、そうでない場合に管理義務は発生しません。

例えば、相続放棄をした時点で相続財産である不動産に居住している人はその不動産について管理義務を負うことになりますが、別の離れたところにある不動産の居住しているのであれば管理義務を負うことはないといえるでしょう。

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