「生前贈与を受けているけれど、相続放棄はできるのだろうか」「贈与をもらった後に相続放棄すると、税金やペナルティはどうなるのか」——このような不安を抱えている方は少なくありません。
結論からいえば、生前贈与を受けていても相続放棄は可能です。ただし、詐害行為取消権による贈与の取消しや、贈与税・相続税の課税、遺留分侵害額請求など、見落としがちなリスクがいくつもあります。
本記事では、生前贈与と相続放棄の関係について、法律面・税務面の注意点を弁護士がわかりやすく解説します。
このページの目次
生前贈与を受けていても相続放棄はできる
結論からいうと、生前贈与を受けていても相続放棄は可能です。相続放棄とは、被相続人(亡くなった方)が残した財産や負債を一切引き継がない手続きのことで、家庭裁判所に申述して行います。
一方、生前贈与は被相続人が生きている間に財産を移転する「贈与契約」にもとづく行為です。つまり、生前贈与と相続はそもそも別の法律行為であり、過去に贈与を受けていたからといって、相続放棄ができなくなるわけではありません。
ただし、生前贈与を受けた後に相続放棄をする場合には、税金面や法律面でいくつかのリスクがあります。以下のセクションで、注意すべきポイントを一つずつ解説していきます。
参考:裁判所「相続の放棄の申述」
生前贈与を受けた後に相続放棄する場合の注意点
生前贈与を受けた後に相続放棄を検討するなら、次の3つの注意点を押さえておきましょう。
- 詐害行為取消権で贈与が取り消されるリスクがある
- 相続放棄には3ヶ月の期限があり撤回もできない
- 単純承認とみなされて相続放棄できなくなるケースがある
それぞれ詳しく見ていきましょう。
詐害行為取消権で贈与が取り消されるリスクがある
被相続人に多額の借金があった場合、債権者が「詐害行為取消権」(民法424条)を使って、生前贈与そのものを取り消すよう裁判所に請求できる場合があります。
詐害行為取消権とは、債務者が返済を免れるために財産を親族などに移す行為を、債権者が取り消せる制度です。たとえば、借金を多く抱えた親が、あえて子に不動産を贈与してから亡くなったケースでは、債権者がこの贈与を取り消す裁判を起こし、贈与された財産を返還しなければならなくなる可能性があります。
なお、詐害行為取消権には「債権者が贈与を知ったときから2年」「贈与のときから10年」という期間の制限があります(民法426条)。被相続人に借金がある場合は、贈与が取り消されるリスクがないか、事前に弁護士に確認しておくと安心です。
参考:e-Gov法令検索「民法第424条(詐害行為取消請求)」
相続放棄には3ヶ月の期限があり撤回もできない
相続放棄には「熟慮期間」と呼ばれる期限があり、自分のために相続が開始したことを知った日から3ヶ月以内に家庭裁判所へ申述しなければなりません(民法915条1項)。多くの場合、被相続人の死亡日が起算点になります。
この期間を過ぎてしまうと、「単純承認をしたもの」とみなされ、借金を含むすべての財産を引き継ぐことになります。生前贈与を受けているからといって期限が延びるわけではないため、早めの判断が重要です。
また、一度家庭裁判所に受理された相続放棄は、原則として撤回できません(民法919条)。「やはり相続したい」と思い直しても後戻りできないため、事前に財産や負債の状況をよく調べたうえで判断しましょう。
参考:法務省「相続放棄等の熟慮期間の延長を希望する方へ」
単純承認とみなされて相続放棄できなくなるケースがある
相続放棄の手続きをする前に、遺産を使ったり処分したりすると、「法定単純承認」に該当し、相続放棄ができなくなります(民法921条)。
具体的には、被相続人の預貯金を引き出して使ってしまった場合や、被相続人の所有物を売却・譲渡した場合などが該当します。さらに、相続放棄後であっても遺産を隠したり私的に消費したりすると、単純承認とみなされてしまいます。
生前贈与で受け取った財産と相続財産を混同しないよう注意することが大切です。被相続人名義の口座や不動産には手をつけず、まずは弁護士に相談するのが安全な方法です。
参考:e-Gov法令検索「民法第921条(法定単純承認)」
相続放棄しても生前贈与の贈与税は課税される
相続放棄をしたとしても、過去に受けた生前贈与に対する贈与税の納税義務は消えません。贈与税は贈与を受けた時点で発生する税金であり、相続放棄とは無関係だからです。
暦年課税の場合、1年間に贈与を受けた金額の合計が110万円(基礎控除額)を超えると、超えた部分に贈与税がかかります。たとえば、親から500万円の贈与を受けた場合、基礎控除110万円を差し引いた390万円が課税対象となります。
「相続放棄すれば税金がかからない」と誤解される方もいますが、贈与税の申告・納付はすでに済ませておく必要があります。まだ申告をしていない場合は、早急に対応しましょう。
参考:国税庁「No.4402 贈与税がかかる場合」
相続時精算課税制度で贈与を受けていた場合の相続税
相続時精算課税制度とは、60歳以上の親や祖父母から18歳以上の子や孫への贈与について、累計2,500万円まで贈与税を非課税にできる制度です。ただし、贈与者が亡くなったときに、贈与した財産の価額を相続財産に加算して相続税を計算する仕組みになっています。
ここで注意が必要なのは、相続放棄をしても、相続時精算課税制度で受けた贈与財産は「遺贈により取得したもの」とみなされ、相続税の課税対象になる点です。つまり、民法上は相続人ではなくなっても、税法上は課税されてしまいます。
たとえば、相続時精算課税制度を使って親から2,000万円の贈与を受けた後に相続放棄した場合、この2,000万円が他の相続人の遺産と合算され、基礎控除を超えていれば相続税の納税義務が発生します。想定外の税負担が生じることがあるため、事前にシミュレーションしておくことが大切です。
参考:国税庁「No.4103 相続時精算課税の選択」
参考:国税庁「No.4301 相続時精算課税の選択と相続税の申告義務」
生命保険金・死亡退職金は相続放棄しても課税対象になる
生命保険金や死亡退職金は、受取人固有の財産です。そのため、相続放棄をしても受け取ること自体は可能です。ただし、税法上は「みなし相続財産」として扱われ、相続税の課税対象になります。
さらに注意すべきは、相続放棄をした人は「相続人」ではなくなるため、生命保険金の非課税枠(500万円×法定相続人の数)を適用できないという点です。たとえば、法定相続人が3人であれば1,500万円までの非課税枠がありますが、相続放棄した人が受け取った保険金には、この枠が使えず全額が課税対象となります。
生前贈与を受けたうえに生命保険金も受け取ると、合計の課税額が大きくなることがあります。生前贈与と保険金の受取を組み合わせる場合は、税理士を交えてシミュレーションしておきましょう。
参考:国税庁「No.4114 相続税の課税対象になる死亡保険金」
相続放棄後に遺留分侵害額請求を受けることはあるのか?
相続放棄をすると「初めから相続人ではなかった」とみなされるため(民法939条)、原則として遺留分侵害額請求の対象にはなりません。
ただし、例外があります。民法1044条によると、相続開始前1年以内にされた贈与や、当事者双方が遺留分を侵害すると知りながら行った贈与は、遺留分の算定基礎に含まれます。さらに、相続人に対する贈与については、相続開始前10年以内の特別受益(婚姻・生計の資本としての贈与)も対象です。
具体的には、親から高額な不動産を生前贈与され、その後に相続放棄した場合、他の相続人から「遺留分を侵害している」として金銭の支払いを求められる可能性があります。このような請求を受けた場合は、速やかに弁護士に相談することをおすすめします。
参考:e-Gov法令検索「民法第1044条(遺留分を算定するための財産の価額)」
相続放棄以外で借金を受け継がせない方法
相続放棄は借金を引き継がない有効な手段ですが、それ以外にも方法があります。ここでは代表的な2つの方法を紹介します。
- 限定承認を行う
- 生前に債務整理をする
それぞれ詳しく見ていきましょう。
限定承認を行う
限定承認とは、相続したプラスの財産の範囲内でのみ、借金などのマイナスの財産を引き継ぐ制度です(民法922条)。たとえば、プラスの財産が1,000万円で借金が2,000万円だった場合、1,000万円までしか返済義務を負いません。
相続放棄との大きな違いは、プラスの財産が借金を上回っていた場合に、その差額を受け取れる点です。財産と借金のどちらが多いか不明な場合には、限定承認が有効な選択肢になります。
ただし、限定承認は相続人全員が共同で家庭裁判所に申述する必要があるため(民法923条)、一人でも反対する相続人がいると利用できません。また、手続きが煩雑で時間もかかる点もデメリットです。
参考:裁判所「相続の放棄の申述」
生前に債務整理をする
被相続人がまだ存命であれば、生前のうちに借金を整理しておくことで、相続人が負債を引き継ぐリスクを減らせます。債務整理には主に「任意整理」「個人再生」「自己破産」の3つの方法があります。
ただし、生前贈与と債務整理を同時に行うと、詐害行為とみなされるリスクがある点に注意が必要です。たとえば、借金があるのに子に財産を贈与してから自己破産すると、債権者から贈与の取消しを求められる可能性があります。
生前贈与と債務整理の両方を検討している場合は、順序やタイミングを誤ると大きなリスクを招きます。早い段階で弁護士に相談し、適切な進め方を確認しておきましょう。
参考:e-Gov法令検索「民法第424条(詐害行為取消請求)」
生前贈与と相続放棄に関するよくある質問
生前贈与でプラスの財産だけもらい相続放棄するのはあり?
法律上は、生前贈与でプラスの財産を受け取ったうえで、相続開始後に相続放棄をすること自体は可能です。しかし、実際には注意すべき点があります。
被相続人が借金を抱えた状態で財産を贈与していた場合、債権者から「意図的な財産隠し」とみなされ、詐害行為取消権を行使される可能性があります。この場合、贈与された財産を返還しなければなりません。
「プラスだけもらって借金はゼロ」という結果を狙うことは制度上は不可能ではありませんが、リスクをともなう行為です。事前に弁護士へ相談し、リスクの有無を確認しておきましょう。
参考:e-Gov法令検索「民法第424条(詐害行為取消請求)」
生前贈与を受けた土地はどうなる?
生前贈与によって取得した土地は、贈与が完了した時点で受贈者(贈与を受けた人)の所有物です。相続財産には含まれないため、相続放棄をしても原則として返還する必要はありません。
ただし、先述のとおり被相続人が債務超過だった場合、債権者から詐害行為取消権を行使され、土地を返還しなければならなくなるリスクがあります。
また、生前贈与を受けたにもかかわらず所有権の移転登記が完了していないケースもあります。登記が未了のままだと、第三者に対して所有権を主張できない場合があるため、登記の有無を必ず確認しておきましょう。
参考:e-Gov法令検索「民法第424条(詐害行為取消請求)」
複数人が生前贈与を受けて全員が相続放棄した場合は?
相続人全員が相続放棄をした場合、その順位の相続人は初めからいなかったものとして扱われ、次の順位の相続人に相続権が移ります。たとえば、子ども全員が放棄すると、次は被相続人の父母(直系尊属)、さらにその全員が放棄すると兄弟姉妹へと相続権が移行します。
すべての順位の相続人が放棄した場合は、利害関係人の申立てにより家庭裁判所が「相続財産清算人」を選任します。清算人が財産を管理・換価し、債権者への弁済を行ったうえで、残った財産は最終的に国庫に帰属します。
なお、全員が生前贈与を受けたうえで全員が相続放棄をしているケースでは、債権者が各贈与について詐害行為取消権を行使する可能性もあるため、注意が必要です。
参考:裁判所「相続の放棄の申述」
まとめ
生前贈与を受けていても相続放棄は可能ですが、詐害行為取消権による贈与の取消しや、法定単純承認に該当する行為、3ヶ月の熟慮期間の失念など、法律面のリスクがあります。加えて、相続放棄しても贈与税や相続時精算課税制度による相続税は課税され、生命保険金の非課税枠も使えなくなるなど、税務面の影響も見逃せません。
生前贈与と相続放棄が絡むケースは判断が複雑になりやすいため、早い段階で弁護士に相談し、最適な方法を検討することをおすすめします。
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